「殺す前に、いっこ聞いときたいのがあんだけど。」
淡々とした口調で、阿部が言った。田中は、目の前の光景とその現実に頭が混乱し、阿倍の声は耳に入らなかった。 山根も、身動き一つとらずに堅く目を瞑っている。
「…吉田を連れて行ったのはあんたら?」
その言葉に少しだけ田中が反応し、顔を上げた。 よく見ると襲撃してきたのは阿部一人のようで、普通なら、ましてやこのゲームなら尚更隣に居るべきはずの相方の姿が無かった。 はぐれたのだろうか?“連れて行った”と言っていることからもしかしたら誰かに拐われたのかもしれない。 ただ、知っていると答えても、知らないと答えても、目の前の小鬼はためらいなく引き金を引いてしまうだろう。 …今の彼は、そんな奴だ。
(あー、もう駄目だ…!短い人生だったよ…)
「何だ、知らないんだ。…じゃあもう死んでいいよ。」
阿部が引き金に指を掛けた、その時、
「あ…わ、私っ……!」
友近が声を上げた。多少上ずっているものの、いつもの凛々しいはっきりとした声だ。 その声に阿部の指がぎりぎりで止まり、山根は恐る恐る眼を開けた。 息を整え、友近は続ける。
「私…知っとるよ。あんたの相方さんの居場所。…探してんのやろ?あの〜…吉田君を。」
「本当ですか…?」
僅かながら、阿部の目の色が変わった。彼も意外だったようだ。
「うん、だから、そこに連れて行ってあげるから、この子たちは見逃したってくれんかな…?」
田中と山根の視線が友近に向けられる。
「友近さ…」「えいから黙っとき」
ネタ中の極妻のようにぴしゃりと田中を叱咤する。 阿部は暫く眼を伏せて考え込んだ。そして、山根の頭からゆっくりと銃口の硬い感触が消えた。 それを見た田中は、阿部の気が変わらない内にと、山根の手をグイッと引っ張り、自分の後ろに隠した。
「…いいですよ。どうせこの人たち、ほっといても途中で死ぬのが眼に見えてるし。」
「良かった…助けてもらえるんやね…」
友近がほっとした表情を浮かべる。そして、立ち上がると、抱きかかえていた猫を山根の膝に乗せる。 猫は煩く鳴くこともなく、大人しかった。
「この子の事、宜しくね」
田中は、はっと息を呑んだ。自分たちは、彼女の機転のおかげで生き長らえることが出来た。しかし、彼女の方はどうなる…?
「待って…、待ってください!友近さん!」
友近はもう一度しゃがみ込んで「大丈夫」と手を振ると、外に出ようとしている阿部の目を盗んで、置いてあったサブマシンガンをこっそりナップザックの中へ忍ばせた。
「田中君、これ借りるで。あと、こっからはもう離れた方がええ」
そう言うと、友近は踵を返して阿部の元へ向かった。 森の奥へ消えていく阿部と友近の姿が点になって見えなくなるまで、田中と山根は声を上げる事もなく、力なく座っていた。
「みゃあ」
と、猫が一声鳴くと、山根はその小さな頭を撫でながら言った。
「女の子に助けられてしもうたなぁ…」 「言うな、それを。」 田中も、やっと言葉を紡ぐ。
「はあ〜……情けねぇ〜……」 二人の姿がこの建物から消えるのは、これから一時間も後のことだった。

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