「……うっ、…」 吉田は口を押さえて後ずさりし、部屋を出たところの廊下の壁に背中を付け、ゆっくりとその場にへたり込んだ。 「何で、みんな…何でなんだよ…」 震えた吐息を小刻みに吐きながら、両手を真っ赤に染めた血をボンヤリと見詰め続ける。 「……………」 吉田は何を考える事もなく暫く座り込んでいた。意識だけをどこかに置き忘れてきたかのような虚ろな瞳で外を眺めていた。 夕日の光が窓から差し込んで来て、辺り一面をオレンジ色一色に染める。 ざわざわと木々が揺れる。少し肌寒くなり、腕をさすって思わず身震いした。 そう言えば、何で俺はこんな所に居るんだろう…。 今までの事を何とか思い出してみる。 確か、阿部を追いかけていて、捕まえたと思ったらそこを不意を突かれて気絶させられて? …それでくそ暑い釜戸の中に閉じこめられたんだった。で、目ぇ回して気絶して…。 それからの事は、思い出せなかった。もっとよく思い出そうと頭をがしがしと掻くと、額の傷を爪で引っ掻いてしまった。 「…痛っ……」 顔を顰めて声を漏らす。その時、頭に包帯が巻かれている事に気付いた。 頭の傷を(西川が巻いてくれたであろう)包帯の上からそっと触ってみる。 少し痛みは残っているが全く動けない程では無かった。 「二人が…助けてくれたのかな…」 もう一度立ち上がり放送室に入る。二人の身体は隙間から入り込んだ冷たい風に吹かれた事もあり、冷たくなっていた。 「あー…悲しいなぁ…」 悲しい、とは口に出して言ってみたものの、涙は出なかった。もともと表情の起伏が緩い事は分かっていた。 確かに、本心から悲しいとは思っている。だが、知り合いの、しかも自分の命を救ってくれた人たちの死を目の当たりにしてみても、涙は流れなかった。 「泣けよ、泣けったら」 ぽんぽんと、言い聞かせるように自分の頬を軽く叩いてみる。 もし自分が阿部だったら、きっと泣いているだろうなあ、と思った。 POISONは表情の変化が少ない、なんて言われた事もあったが、それは自分だけで、隣にいる阿部は自分と同様口数は少ないもののよく泣いたり笑ったりしていたと思う。 それに実際、好きだった先輩芸人の解散を聞いたときも、阿部は泣いていたから。 「……。助けてくれてありがと。」 泣けなかった代わりにせめてものお礼にと、死後硬直してしまっている大きな体を何とか椅子から下ろし、外に引きずっていった。 外は段々と薄暗くなり始め、不気味な静けさを醸し出していた。 「お墓でも作ってやりたいけど……」 暫く周辺を歩き回って周りを見渡した。人の姿は見あたらない。静かだった。鳥や虫など生き物の鳴き声すら聞こえない。 風の音だけが森の中に木霊し、頬を撫でていく。 木材がまばらに積み上げられている脇に工具箱。漁ってみると曲がった釘や錆びたノコギリが散らばっている程度で、使える物といったら小振りの草刈り鎌だけだった。 二、三度振り回すと綺麗に枝が切れた。武器としての能力は申し分ないが、これでは穴は掘れない。 はあ、と溜息を吐き、ふと空を見上げると、いつの間にか夕日は沈み、辺りは闇に包まれていた。 身体が一瞬強張り、勢いよく立ち上がり左右を見渡す。 「……暗い…」 ふと、この世界にはもう自分しか居ないんじゃないんだろうか、と思った。 そんな幻覚さえ感じてしまうくらいに孤独が襲ってくる。 バトロワなんて行われていない。この島には誰も居ない。「芸人」という職業は無いし、「阿部」なんて男はこの世には存在しない――。 俺は、一人。…独り……―――? そう思うと、急に怖くなった。 「だ、誰か…!」 元来たであろう道を駆け戻る。後ろから闇が追いかけて来るようだった。それを振り払いながら真っ直ぐ走り続けた。 道は暗かったが、茂みから運良くあの灯台へと戻ることが出来た。 灯台のてっぺんからは光が灯され、黒い海のずっと向こうを照らしている。 とりあえず服に付いた葉や枝をパンパンと払った。 右手を見て、うっかり鎌も持ってきてしまったことに気付く。 投げ捨てようとしたが、自分の手がそれをしっかりと掴んで離さなかった。「捨てるな」と言っているかのように。 仕方なく鎌から指を一本ずつ引きはがし、腰のベルトの間に差し込んだ。 とにかく一旦灯台の中に戻らないと。ここでパニックになったら終わりだ。 「……?」 歩いている内に、三つの人影が見えた。横に並んだ松本と西川の死体、と…。 「誰だ…?」 もう一人、その隣…灯台の入り口の階段に座っている男の姿があった。 ―――パキン、と吉田が踏んだ小枝が乾いた音を立てた。男もその音に気付き立ち上がる。 だが、「痛ったぁ!!」と喚いて肩の辺りを押さえ再び階段に座り込んだ。どうやら怪我をしているらしい。 今の元気な叫び声からして、死にかけている訳ではないだろう。武器も持っていないように見えた。 「…おい、誰やねん。そこに居んの。」 関西訛りのその声に、吉田は反応した。歩みを早めてその影に近づく。 ―――もしかして……。 「「あ―――っ!」」 「おまっ…吉田やん!」 「陣内さん…?」 二人はお互いを指差して何とも素っ頓狂な声を上げた。

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