林を抜けたらとりあえずどこかの建物に隠れよう、というのが、ドランクドラゴンとアンタッチャブルの差し当たっての計画だった。  ゲームスタートから現在まで、アンタッチャブルの二人は休憩らしい休憩をしていない。ドランクドラゴンの二人にしても、いつ敵に襲われるかわからない屋外では、充分に疲れを取れたとは言い難かった。  地図を頼りに林を抜ける方角へ向かう。迷いの森、という程に深くはないのが救いだった。もっとも、道に迷って死亡では主催者としても面白くない展開だろうが。  運のいいことに、林の出口から見える位置に家が建っていた。田舎の一軒家といえば誰もが思い浮かべるような、古惚けた木造の平屋だ。庭に並べられた盆栽もあいまって、とてもここが戦場とは思えないような、のどかな雰囲気を漂わせている。  しかし当然、その雰囲気につられる事は命取りになる。周囲に人の気配がない事を充分確認して、四人は林の影から抜け出した。  真っ直ぐに照り付ける陽光が、ひどく懐かしいもののように感じられる。実際には、ゲームの開始から一日も経っていないというのに、色々な事がありすぎて、とてもそうとは思えなかった。  ここまでにどれだけの芸人の命が失われたのだろう? 真っ先に脳裏に浮かんだのは、ほんの数十分前、同報無線から流れた銃声だった。殺し合いを止めるため立ち上がった勇気ある二人組は、恐らくもう生きてはいまい。  感傷に浸っている場合ではなかった。柴田は再び滅入ってしまいそうになった気分を無理矢理奮い立たせる。  だからこそ戦わなくちゃならないんだ。このゲームを終わらせるために――あの二人の望みを叶えるためにも。  一歩前を走っていた山崎が、スパイ映画よろしく玄関横にぴったりと体を寄せる。柴田も手前側でそれに倣った。二人ほど威力のある武器を持たないドランクドラゴンは、少し離れた位置で軒下に入る。 「開けるぞ、柴田」  引き戸の玄関に手をかけた山崎が小声で合図した。柴田はサブマシンガンをグリップを握り、無言で頷く。  カラカラ、と軽快な音を立てて戸は開いた。五秒間待ったが、何も起こらない。恐る恐る中を覗いてみると、誰かが入ったような形跡はまるでなかった。 「はー、怖かったー!」  緊張が解けたせいか、無意識に高くなる声で安堵しながら山崎は家の中に踏み込んだ。柴田、塚地、鈴木もそれに続く。土足で居間まで上り込み、四人は車座になった。 「なんか、まさに昭和の家って感じだよなー」  今ではすっかり珍しくなってしまった黒塗りの有線電話を目に留め、鈴木はそんな感想を漏らした。  それほど埃がない所を見ると、この家もゲームの直前まで誰かが暮らしていたのだろう。こんなゲームのために追い立てられた住人の事を思うと、他人事ながら気の毒に感じられた。 「さて……腰を落ち着けた所で、今後どうするか、やな」  いつもの癖で煙草を探りながら塚地が言った。 「……出来るんですかね、仲間を集めるなんて」  いつになく沈んだ口調で山崎が呟く。 「みんなも聞いてたでしょ、さっきの放送」  それがレギュラーの二人による放送という事は、もちろん他の三人にもすぐ察しがついた。あの放送により四人は、この島のどこかから島全体に呼び掛けるのが可能だという事を知った。  そして同時に、ゲームを平和なまま終わらせる気など更々ない人間が、その場所を知っている事も。 「本当は戦いたくないって奴ばかりじゃないんだな」  信じたくはないが、それが真実なのだろう。  その人物が今どこにいるのか、何人で行動しているのかはわからない。もしもアンタッチャブルと互角以上に戦える敵が放送室周辺で待ち伏せているのなら、放送室に向かうのはみすみす死にに行くようなものだ。 「他の方法を考えるしかないか……」  彼らの目的も、結局の所自分たちが生き延びるためのものなのだ。レギュラーの二人には悪いが、彼らの二の舞になるわけにはいかない。  しかし、他にいい案があるわけでもなく、話し合いはそこで途切れた。重苦しい沈黙が数秒間続く。 「あ、あのさ……」  その時、話し合いの間一度も発言しなかった鈴木が、おずおずといった様子で口を開いた。 「なんや鈴木。トイレか?」 「あ、いや、そうじゃなくて……ネタどうすんだろうって思ったんだよ」 「ネタ?」  鈴木を除く三人が鸚鵡返しする。 「そう。だってさ、ネタやって視聴率取ってゲーム終わらすんだろ? だったら何やんのか決めないと」 「……鈴木、まさか俺らの話し合い聞いてなかったんか?」  思わず頭を抱えた塚地を、山崎が「まあまあ」と宥めた。 「いいじゃないっすか、どうせいい案も思いつかないし。ネタの事でも考えないと、テンション下がってやってらんないですよ」 「頭切り替えれば、なんかいいアイデアがコロッと出てくるかもしれないしな」  柴田も相方の意見に賛成した。 「ま、どうせしばらくは休憩するんだから、その間になんか考えるって事でいいでしょう」 「二人がそういうなら……」  戦いのせいですっかり忘れていたが、この作戦のために演じるネタだって、いつかは決めなくてはいけない事だ。それが今だったからといって問題はない。  早速会議を始めたアンタッチャブルの表情は、レギュラーの放送後からの暗いものとは打って変わって、随分と楽しげに見えた。 「……まさか鈴木、雰囲気を変えようとしてああ言ったんか?」 「え?」  小声で訊ねる塚地に、鈴木は怪訝そうな顔をする。 「いや、何のネタやるのか早めに言ってくれないと、台詞が覚えらんないから困るんだよ」  至って真剣な表情で言う鈴木に、塚地は今度こそ言葉を失った。

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