この場所この時間に似合わない、やたら鮮やかな色の人影。 西日の射す小高い丘の上で、愛奴人形姫子はそれを眺めていた。 木から垂れ下がるロープ。その先には死体が吊り下げられている。 井上マーは自殺したらしい。 姫子は視界の開けた危険な場所でしばらく足を止めていた。 試合開始から少し遅れて彼女はゲームのステージに送り込まれた。 もうひとりくらい前説が混ざってた方が良いからな―― そう言われて日テレに呼び出された。 普通にネタの仕事が入ったのかと最初は思っていたが、違った。 前説――これから始まるであろう殺し合いの前説。 優勝候補者たちに序盤で殺されるべき役柄。 姫子は誰かに殺される為このゲームに参戦させられたことに遅れて気付いた。 衣装に着替えた途端眠らされ、たどり着いた教室にはビッキーズの死体が折り重なって倒れていた。 「彼らが一組目の前説だったけど、まだ盛り上がりが足りないから宜しく頼むよ」 絶句する姫子にプロデューサーは淡々と言い、ナップザックを押し付けた。 そして背中に銃口を向けられ、教室から追い出された。 ナップザックの中には小型の弓が入っているが、力が弱すぎるので打つことができない。 弓は侍の武器であり、姫が扱える物ではないのだ。 一応右手に矢を一本だけ握り締めて、木陰や茂みに隠れながら移動している。 しかし十二単を模した衣装は動きにくいし目立つ。そのうち誰かに見つかって殺されるだろう。 もう一度見上げた井上マーの目は空ろに澱んでいた。 死ぬ時はきっと皆こんな目で―― 早くこのゲームから解放されたいが、死ぬ勇気はまだ彼女にはなかった。 誰かが近付いてくる気配がする。 この場所は危ない。姫子は着物の裾を引きずって森へ隠れて行く。 黒い影は森の中で恐怖を抱え立ち尽くしていた。 先程どこかで銃声と誰かの叫び声が聞こえた。 行けるものなら行ってやりたかったが、持ち物はナイフ一本のみ。 ゲームに乗ってしまった奴に会えば、殺されるしか道はない。 それに森の中で音が反響し合い、どの方向から聞こえてきたか正確に判断するのは難しい。 パペットマペットは木の根元に座り込んだ。 見つかるなら見つかっても良い、とかすかに思っていた。 何かが近付いてくる。一人分の足音と、何かを引きずるような音。 誰だろう。パペットマペットは動かなかった。 足音は背後から聞こえてくる。少しずつ近付いてくる。 今、自分のもたれている木の真後ろあたりにまで来た。 僕に気付いているのだろうか? 気付いていたなら殺すつもりで来たのか? 右斜め後ろ……もう一歩……もう一歩…… パペットマペットは振り向いた。 赤と白と緑と黄色とその他沢山の色が散りばめられた和服。 当たり前だがすぐに分かる。愛奴人形姫子か。 しかしその衣装のまま参加させられるとは……自分も他人の事言えないが…… 「きゃっ!」 姫子はこちらの存在には全く気付いてなかったようだ。 驚いて後ずさりしようとするが、木の根が着物に引っ掛ってその場に倒れる。 「た……助けて! 殺す!? 逃げなきゃ……!」 姫子は数歩走った。だが急に止まった。 「どうした?」 パペットマペットは立ち上がる。 「わらわを殺さない?」 「殺さない」 姫子はゆっくりこちらを向いた。 「みんな死んでしまう……それなのに生かしておくの? わらわももうすぐ死ぬ……そなたもナイフ一本で生き残れる筈ない」 白い顔に涙が伝った。 「パペットマペットさん……生き残りたい?」 「……みんなで無事に帰りたいと思う」 「……愛奴人形姫子は他の芸人さんに殺させる為にこのゲームに出したって……プロデューサーが言ってた……」 さらにこちらに近付いてくる姫子。 「わらわはきっと死んでしまう……帰れるときが来るとしても、それまでに絶対……」 「そんな、」 瞬間、また銃声が聞こえた。 パペットマペットは大体聞こえてきたであろう方向に目をやった。 と――その隙を突いて。視界の端に銀色に光る物体が見えた。 「く……!」 木に体重をあずけて退く。 姫子が持っていたのは矢だった。それでパペットマペットを刺そうとしていた。 「何を!?」 「パペットマペットさん!」 姫子は倒れこむようにまた刺そうとした。矢は覆面の端をかすめた。 そしてもう一度。 だがその直前、姫子の身体は後方に突き飛ばされた。 パペットマペットの蹴りを腹部に受けて。 そして後ろにあった、苔の生えた岩に頭をぶつけて動かなくなった。 ――殺してしまった? 一瞬そう思ったが、うし君をはずして触れてみた彼女の首筋は暖かく脈もあった。 ここで死ななくてもきっとどこかで死んでしまうだろう。 けれどもパペットマペットは何となく、本当に何となく彼女の身体をなるべく見つかりにくい茂みの奥に隠した。 姫子は起き上がった。日はもう沈んでいたが、明々と光る月のお陰で視界に困ることはなかった。 頭が痛い。あのとき蹴り飛ばされた後気を失っていたようだ。 ふらふらと歩いてあの場所へ行く。井上マーの死んだ場所に。 何故もう一度行こうと思ったのかは彼女にも分からなかった。 視界の悪い森だが、建物などの位置は木の隙間から把握できる。 廃校の正面が見えた方向。そこへ進んでいけば、そこへ辿りつける。 こうしている間にも誰かが無残に死んでいくのだろう。 姫子は長い着物のおかげで何度もこけそうになりながら丘に行った。 井上マーの死体は木から下ろされていた。 銃で何度も撃たれた跡があった。あの尾崎の衣装がないと誰だか分からないほど。 血が、内蔵が溢れていて、濃い鉄とタンパク質の臭いがした。 姫子は丘を降りた。涙の後はとうに乾いていた。 また森へ入っていく。そこしかこの衣装で隠れられそうな場所がある所は無い。 建物の中に入れば安全だろうが、それまでに多分見つかる。 その途中――足元に死体が横たわっていた。 パペットマペット。 ――姫子はずっと見つめていた。 徐々に固まっていく赤い血に塗れたうし君とカエル君。その死してなお光を失わない眼球。 死体になっても安息を得られないゲームの中に放り込まれた、2匹は果たして死んだのか? 姫子はうし君とカエル君の頭をなでた。ふわふわとして冷たかった。 森の少し開けたところに、このゲームに不利な鮮やかな衣装を着た女芸人の死体があった。 首筋にも両手首にも、何度も切りつけた跡がある。自殺らしい。 彼女は雛人形の様に行儀良く座ったまま死んでいた。 その瞳は硬く閉ざされていて、誰にも開けることは出来ない。

――愛奴人形姫子 死亡

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