「○○村集会場」と書かれた戸を開けた途端、埃っぽい空気を吸い込んでしまい、ななめ45°土屋は思わず咳き込んだ。窓もない建物の内部は完全な闇だ。扉の横にスイッチらしきものがあるので押してみたが、電球が切れているのか明かりはつかない。 「なんだよここ……うわ、内側から鍵掛けられないじゃん。意味ねぇ」  土屋は不平を言いながら、人差し指に引っ掛けた鍵をクルクルと回す。彼に与えられた武器は、貧弱な南京錠を開けただけでその役目を終えた。 「まあまあ、とりあえず中に入ろうよ。後の事は中で話し合えばいいしさ」  岡安が横から言うと、土屋もそれに頷く。 「そうだな、とりあえず外にいるよりは安心だしな」  三人組は連れ立って集会場の中に入った。一番後ろにいた下池が戸を閉じたが、鍵を掛けられないのでただ「閉めた」というだけだ。 「あーあ、最後までここに閉じ篭ってて優勝、とかなら楽だったのにな」  土屋が腰を下ろしつつ口に出すと、岡安も彼の向かいに座り苦笑を返す。 「まさか、バトルロワイアルでそんな武器が配られる訳ないだろ」  そりゃそうだよな、と土屋も同意したが、やはり心のどこかで期待していたのだろう、がっかりした気分は拭えない。 「やっぱり、戦えって事なのかな」  でも俺たちの武器じゃなあ……と溜息混じりに呟く岡安と土屋。  と、そこでふと思い出したように、今まで沈黙を保っていたもう一人の相方を振り返る。彼は入り口から一歩踏み込んだ場所に突っ立ったまま、口元からカチカチという不規則な音を発していた。 「ほら、下池も座れよ。立ちっぱなしじゃ疲れるだろ」  岡安の言葉にぎこちなく頷いて、下池も腰を下ろす。力の配分を間違えたのか、ドスン、と派手な音がした。岡安と土屋は思わず笑い声を溢す。 「何がおかしいんだよ!」  下池は上擦った声で叫んだ。何故この二人が笑っていられるのか、下池には理解できない。しかし岡安と土屋は、そんな下池の言葉がおかしいのか尚も笑い続ける。 「だ、だってさ、お前、いくらなんでも怖がり過ぎ――」 「お前らは怖くないのかよ!」
 ナップザックの肩紐を握った手が震える。爪が掌に深々と食い込むが、下池はその痛みにすら気付いていない。 「こ、この中には、爆弾が入ってるんだぞ? もしも爆発したら、お前らも一緒に死ぬんだぞ!?」  やけに重いナップザックの中にそれを見つけた時、下池は自分の心臓が縮み上がるのを感じた。本物を見たのは初めてにも関わらず、下池の直感はそれがなんであるのか正確に感じ取っていた。  こんな物騒な物、さっさと捨ててしまいたかった。なのに―― 「だから、そう簡単には爆発しないって。それ、時限爆弾なんだからさ」  岡安は気楽そうな口調でそういう。 「大体さ、考えてもみろよ。その爆弾だって、貴重な武器なんだぞ? 使わずに捨てるなんて勿体ないよ」  確かに、岡安の言う事は一理ある――と、下池も思わざるを得ない。  トリオだから、その分ピンやコンビよりもいい武器が手に入る確率も上がるはず、という彼らの期待はあっさりと外れた。  今から約10時間後の一瞬にしか威力を発揮しない爆弾に、土屋が先程使った集会場の鍵。岡安に与えられた武器はいくつか印の付いた地図で、まだ内容は確かめていないが、手に持って扱う武器というよりはトラップ的な物だと思われる。  そして――唯一現実的な武器は、ここに来る途中で岡安が拾った拳銃だけだ。芸人の死体の傍に落ちていた物なのだが、既に使用済みだったのか、残りの弾は1発しかない。他の3つと同様、心許ない武器だった。 「とにかくそれを捨てるかどうかは、残り時間がもっと少なくなってから考えればいい事だろ」 「そう言うなら、お前が持てばいいだろ」 「いやいや、それはお前の武器なんだからお前が持ってろよ」  大体、トリオの誰かが死ねば全員死ぬんだから、誰が持ってるかなんて関係ないだろ――岡安の意見に土屋も賛成して、結局2対1で下池が負けてしまう。  まったく、トリオで良かった事なんて一つもないじゃないか――コントでも目立たない役が多く、はずれクジを引かされてばかりの下池は殊更そう思うのだった。
「とりあえず、地図の印の所まで行ってみるのが先決だろうな。何があるのかわからないと作戦も立てられないし」  印のほとんどは森の中、それもかなり深い場所にあった。ここまでは集落の中心部に近い集会場を第一目標に歩いてきたので、印の周辺は通らなかったのだ。 「集会場から一番近いのは……ここか」  岡安は印の一つを指で差す。灯り代わりの時限爆弾のデジタル表示に照らされて、その場所はぼんやりと赤色に浮かび上がっていた。 「今すぐに出発する? それとも朝を待つ?」  土屋の質問に、岡安は軽く首を捻ってから答える。 「すぐの方がいいだろうな。武器に頼れない以上、闇に紛れて動いた方が安全だろうし――朝まで待つとなると、爆弾のタイムリミットが無視出来なくなる」  その回答に、土屋は納得したように頷いた。下池の方は、先程の出来事で自分が意見する事の虚しさを感じ取ってしまったらしく、二人の会話を聞く気もない様子である。  岡安の決断には、言外に下池に対する気遣いも含まれていた――少しでも早く爆弾の使い道を見付け、プレッシャーから解放させようという意図もあったのだが、今の下池にはそこまで頭を回す余裕はなかった。 「じゃあ、早速出発するか。二人とも、荷物忘れるなよ」 「わかってるって」  土屋は指先の鍵を再び回した。下池もいやいやながら、時限爆弾をナップザックに仕舞い込む。岡安は右手で腰に触れ、ベルトに拳銃が差さっているのを確認すると、立ち上がって集会場の戸を押し開けた。
印のある場所まではそれなりに距離があり、辿り着くまでに一度も他の芸人と会わなかった事は、幸運と言って良いほどだった。下池は勿論のこと、岡安と土屋もさすがに警戒心が働いたのか、ほとんど会話のないままに進んでいった。  森に踏み込んでからは勘に頼るしかなかったが、三人が道に迷うより早く、重大なヒントが飛び込んできた。抑え気味ではあったが、それは紛れもなく男の悲鳴だった。直後に聞こえた声は、相方の名を呼ぶものだろう。  どうやら目的地にあるであろうトラップには、男性コンビが引っ掛かったらしい。三人は息を潜めるようにして、未だ呻き声と抑えた声の交差する場所へと近付いていく。  そこにいたコンビ――ガリットチュウの痩せた方が、トラバサミに足首を挟まれていた。肉付きのいい方はどうにか罠をこじ開けようとしているが、焦りのせいだろう、相当に手間取っている。 「おい……これ、チャンスじゃねえの」 「どうする? 銃……は勿体ないか」  素早く囁きを交わす岡安と土屋。  その時、二人の背後で、一歩踏み出す音が聞こえた。 「――そうだ」  その声――闇の底から響く冷え切った声に、岡安と土屋の背筋が震える。  恐る恐る振り返った視線の先、彼らの相方は、完全に据わり切った眼で罠に掛かったコンビを見ていた。 「俺、いい事思い付いた」


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