ななめ45°土屋は、ガリットチュウ熊谷を引き摺ったまま森を抜け、集会場へ向かった。 「お前ら、いったい、何するつもり、だよ!」  傷を負った左足が地面に触れるたび呻きを上げながら、熊谷は土屋に問う。 「心配しなくても、あなたには何もしませんよ。相方の無事でも祈っててください」  土屋は嘲りの混じった口調で言った。 「ああ、逃げようとか考えないでくださいね。ま、何をするにもその足じゃ無理だと思いますが」  土屋は集会場の鍵を開けると、扉の奥の暗がりに熊谷を叩き込んだ。起き上がる前に素早く鍵を閉める。内側から何か叫ぶ音が聞こえたが、土屋は振り返る事もなくその場を立ち去った。  一人取り残された熊谷は、足首の痛みを堪えきれず床に転がった。全身に油汗が滲んでいる。奥歯の強く擦れる音が耳の奥に響く。仰向けになってゆっくりと息を吐き、顔の力を抜きながら目を開いた。  何も見えなかった。物音もなく、ただ自分自身の荒い呼吸だけが聞こえる。息苦しさに喉元を探ると、機械で出来た冷たい首輪が指先に触れた。  福島が死ねば自分も死ぬ。  首輪の爆発で死んだビッキーズ須知の姿を、その首から飛び散った真っ赤な血を思い出す。首を抉られるのは痛いだろうか。足首を抉られる事の、何倍痛いだろうか。  その瞬間はいつやってくるのだろう。  熊谷は跳ね起きた。戸に拳を叩きつけ、あらん限りの声で叫ぶ。拳が痛み始めると、全体重をかけて体当たりした。しかし、左足の怪我が邪魔をして、扉を破る事は出来ない。  怖かった。為す術もなく死に至る恐怖を味わわせるには、確かにこの光も音もない部屋が最適に違いなかった。  体当たりをする気力も尽きて、熊谷はその場に座り込む。土屋の言う通り、この足の怪我では何も出来そうになかった。南京錠一つですら破れないのだ。相方の不機嫌そうな背中が蘇ってくる。  武器はハズレを引き、戦闘力もない。なんとか使える武器を手に入れようとした矢先にあの罠だ。相方が失望するのも無理はなかった。  今頃福島はどうしているだろう。人質を取るくらいだ、かなり無茶な要求をされているのだろう。しかし、向こうで何があったとしても、熊谷にはどうする事も出来ない。  自分はまた、相方の足を引っ張るのか。  唇から零れた言葉は、誰にも聞こえる事なく消えていった。今となっては、全てが虚しい事だった。
それからどれくらい時間がたっただろう。  死亡者発表は一度聞いた。全てが遠い世界の出来事のようだった。芸人が殺し合いをするなんて。自分が、その参加者だなんて。  プロデューサーも一体何考えてるんだろう。芸人だって普通の人間だ。こんなゲームやらせたって、ドラマが生まれる訳ないじゃないか。自分のように試合放棄する人間だって、少なからずいるに違いない。  その時。外で奇妙な放送が始まった。 「皆ー僕らの話を聞いてー!!」  死亡者を読み上げるあの声ではない。あの特徴のある二人の声は、 「……レギュラー?」  熊谷は思わず体を起こし、聞き耳を立てる。  二人は戦いをやめろと言った。皆で生き残ろうと言った。  そんな声を放送したらどうなるのか、わからないはずがないのに。 「何やってるんだよ……」  いいじゃないか、そんな事しなくたって。適当に生き延びて、死んだら死んだでいいじゃないか。  銃声が聞こえる。放送が途切れる。再び訪れる静寂。  レギュラーは死んだ。きっと、他の誰かのために死んだんだ。 「何やってるんだよ」  もう一度、同じ言葉を呟く。それは、自分自身に向けたものだった。  レギュラーはみんなで生き残るために行動した。自分たちが犠牲になる事を覚悟して。  自分はどうだ? 相方一人のためにすら動かなかったじゃないか。  いや――自分のために生きる事すら、諦めていたじゃないか。  まだ、何かが出来る。そうだ、何故その存在を忘れていたのだろう。  熊谷は床を手探りする。突き飛ばされた拍子に転がったそれは、幸運にも集会場の内側に落ちていた。  スイッチを押すと、ペンライトの小さな光が灯った。それはまさに、一筋の光明のように、熊谷の瞳に映っていた。

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