聞えるのは自分たちの足音、そして呼吸。 どれくらい走ったのだろう。もう危険が去ったとわかるまで とにかく2人は走り続け、足を止めた。  「あー危なかった。大丈夫か?」 さっきまでのことがまだ頭をめぐっている。 まるでドラマのワンシーンみたいだった、と井上はのんきに思った。 一方河本はその場にしゃがみこんでいる。 井上の「大丈夫か?」の返事も無い。大丈夫じゃないということなのだろうか? 少し心配になり、井上は河本の顔を覗きこんだ。  「どうしたん?」 どうも様子がおかしい。膝を抱えた河本の体が少しばかり震えているのだ。 どこか怪我でもしたのだろうか? すると河本は井上の方を向かず、視点を定めぬまま口を開いた。  「なぁ、もう止めよう…」  「えぇ?」 思いもかけない河本の言葉に、思わず素っ頓狂な声を出す。  「もう止めよう。もう俺止めるわ、人殺すの」  「え、どういうこと?だって準一がこれ始まってすぐ  『また直美と虎太朗に会わなあかんから』って言って、ゲームに乗ったんやん」 そうだった。あの時確かに河本は、顔を強張らせながらも 何か決心したようにはっきりそう言ったのだ。井上にはその河本の申し出を断る理由も無かったから 素直に頷き共にゲームに乗った。だからここで河本が止めるというならば 自分もそれに倣うつもりだ。だけど何故急に――?
何かに怯えたような表情の河本は、ひとつ頷くと再び口を開く。  「情けない話やけど、さっきので参ったわ。あんなに死に直面したの、初めてやったし…」 なるほど。確かにさっきは本当に危なかったし、すごく恐かった。 あの時うまく避けれなかったら今この場にはいないだろう。 ただそこまで深く考えない井上は河本と違い、今も恐怖を引きずるということは無かったが。  「それに、もう嫌や。皆死んでいくの。だって――本当に皆死んでしもうたやん」 2人の間で、そのことについて話したことは無かった。あえてその話題を避けていたのかもしれない。 毎度の定時放送で流れる死亡者の名前。 そこには、番組で共演したり、一緒に飲んだり、お世話になったりした 仲間・後輩・先輩たちの名前がいくつもあった。 特に衝撃だったのはレギュラーのことだ。一緒に暮らしていたこともあるあの2人は、 自分たちとの交流が深い。あの時――2人が殺されたあの時のマシンガンの音は、今も耳から離れない。 河本がここまで萎縮してしまうのも、仕方が無いことだと思った。  「そっかー。まあしゃあないなー。なあ、ここ寒いしどっか家行こう」 バラエティ番組に出た時など、いつもなにかと河本にリードしてもらうことの多い井上だったが 河本がこうなってしまった今、しっかりしなければいけないのは自分だ。 元気をなくした河本の前を、珍しく気合を入れて、井上は歩き出した。

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