少しずつ島に吹く風が冷たくなってきた。 風は木々を揺らし、その冷たさを一身に受け撓る枝達は互いにぶつかりあい唸り声を上げる。 視界に映るのは、お払い箱になるのもそう遠くないであろう車。地面にびっしり敷かれた砂利。 ここは畑の麓にある小さな駐車場。この交通に不便な道をわざわざ車通りこの畑まで毎朝来る人たちがいるのだろう。 アップダウン安部浩貴は体を丸め体育座りをし、一人でいることの不安や恐怖と戦っていた。
 「はやく帰って来いよ〜」
不安を紛らわすためか、自然と口から言葉が漏れる。 相方の竹森といえば、この駐車場につくなりトイレに行きたいと言い出し林の中に姿を消してしまった。
 「一緒にトイレついて行けばよかった…」
民家に入りトイレを借りる行動は目立つということで、 自分はここに隠れて待っているということにしたのだが、今更それを後悔した。
――…俺達、どうすればいいんだろう? ゲームが始まって、何度も考えたことだ。 ――死にたくはない。これからもお笑い界で活躍していきたい。 けれど、だからといって進んで皆を殺していこうとはどうしても思えなかった。 たとえ生き残れるのがひとりだとしても、こうして番組で共演してきた仲間だ。 エンタ以外の番組やプライベートで付き合いがある芸人だっている。 そんな芸人達を殺してまで生き残りたいかといわれたら答えは否だ。 …それに、案外俺と同じ考えの人もいるだろうし。逆にやる気になってるヤツなんて少ないかもしれない。 そう思うと少し心が軽くなった。
「――ッ安部!!」
「竹森!」
駐車場の入り口から、竹森が姿を現した。 数分の別れの後の再開。ほんの少しの間しか離れていなかったのに、竹森はなにか違っていた。 息を切らし、肩を震わせている。俯いた顔には恐怖の表情が浮かんでいた。 「――どうした?なんかあった?」   「わ…わやだ」 久しぶりにに聞いた方言。東京での生活に慣れた二人は北海道弁をあまり使わなくなっていた。 それはともかくとして――。   「なに?ちゃんと説明しろよ?」 「だ…だれかが殺された!!」 竹森は安部の肩を掴み叫んだ。 背中に嫌な汗が流れるのを安部は感じた。  「な――…殺された、って…」 自分でも声が震えているのがわかる。 竹森は必死に説明しようと口を開くのだが気が動転していて言葉にならないらしい。 沈黙の中風の吹く音がやけに耳に響く。  「と、とにかくそこに行って見よう。な?」  「う、うん…」 二人は駐車場をでて、竹森がトイレを借りた民家まで駆け出した。 前を走る竹森の背と、その両脇の林が視界に入る。詳しいことはわからないが、 誰かが殺されたということは殺した人がいるということだ。 信じたくないが、そういうことになる。 もしかしたらこの近くにその殺人鬼がいるかもしれない、と安部は林に気を回すことを忘れなかった。  「ここで、俺がトイレを借りたんだ。それで、トイレが終わって戻ろうと思ったら」 一呼吸置き、再び竹森の口が開かれる。  「向こうのほうから叫び声が聞えた」 竹森の指す方向に首を向ける。今走ってきた道の先だ。この先に、誰かの死体が――?  「けど、殺されたかどうかはわからないべ?」  「そうだけど…」  「したっけ確かめよう」 安部は拳を握り締め歩を進めた。 念のため、ナップザックの中から支給武器であるベレッタを取り出す。 やや大きめの拳銃で、殺傷能力の高そうなこれを使うつもりは無かったが、 やはり持っておくに越したことはないだろう。危険の中に丸腰でいく理由は無い。 道幅が少しずつ広くなり、それにつれてなにかが鼻をつく。まるで“鉄”のような臭い。 嫌な予感が膨れ上がるなか、すぐに視界は開けた。  「――っ」 安部は思わず顔を逸らした。後ろで竹森が「ひっ」と声を漏らす。 それはとても直視できるようなものではなかった。 まず視覚と嗅覚に飛び込んでくる血、血、血――。 草木を汚すそれは、あまりの量なため地に吸い込まれることなく残ったものが水溜りを作っている。 そこに横たわるものに、本来あるはずのもの――“首”が無く、その体は誰の物か判定できなかった。 さらにその血の海から少し離れた場所。木に寄りかかる死体――これは原型をとどめていた。 首には手で絞められたようなあとが赤黒く残っている。扼殺死体というのだろうか? だらんとした頭は下を向いており、顔を伺うことは出来ない。 ただそれが誰なのかはすぐにわかった。その死体が着ている衣服には、『ガッポリ建設』と書かれている。 それがなければ恐らく誰だか判断できなかっただろう。  「は、早く戻ろう」 竹森が後ろで怯えた声を出す。 何も言わずに頷き、安部は竹森に続いた。  「な…なんだったんだよ、あれ」  「わかんないけど…、たぶん一人が首絞められて殺されて、もう一人はそれで首輪が爆発したんだ」 なんとか駐車場に戻った時には、二人とも魂を抜かれたような表情をしていた。 二人は駐車場のフェンスに寄りかかっている。 車の脇に隠れているので、入り口からは死角になっているはずだ。 もしあのガッポリ建設を殺した者がうろついていたとしても、すぐに発見される心配は無いだろう。  「なぁ、やっぱりあれ、やったやつがいるのかな?」  「そうだべ…。なまらわやな叫び声だったし」 竹森はその断末魔の叫び声を思い出したのだろう。 眼を硬く瞑り頭を抱えている。  「なぁ、竹森。俺なんまショックだった」  「…あぁ」 ゆっくり頷く相方を見て、安部はなんともいえない気持ちになった。  「俺な、絶対このゲームに乗る気はないんだ。殺し合いなんてしたくない。けど――」 いつのまにやら出てきた涙を拭い、続けた。  「――皆俺と同じ気持ちだと思った。殺し合いなんて進んでしようと思うやつなんていないと思ってた」 信じていた。やる気になるやつなんて、きっといないだろう。と。 けれどそれは甘い考えだったのかもしれない。  「そっか」 立ち上がった竹森の表情は伺えない。しかし気づかぬうちに竹森も 支給武器であるスミス&ウェスンを握っていた。  「いこう。ここは危ないと思う」   「そうだな」 安部も立ち上がり、涙を拭いて歩き出した。

――ガッポリ建設死亡

【残り64組】

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