怖くないわけなかった。 今だって手は震えているし、足は竦みそうになる。できれば回れ右をして逃げたい。 けれど――逃げちゃいけないんだ。 インパルス板倉はメスを握る右手に力をいれる。 そして顔を隠すためにさっきの民家で拝借してきた帽子を深くかぶった。 おばさんがかぶっていそうな、下が広がっているやつだ。 大丈夫。頭の中で、何度もイメージした。絶対にうまくいく。 何度も自分を励まし、何度も襲ってくる恐怖を跳ね除け板倉は走った。 すぐに目的の民家が見える。銃声も耳を覆いたくなるくらいの大きさだ。 いよいよだ――。板倉の心臓が早鐘のように鳴り出した そっと近づいて様子を見ると。、鉄でできた門は開け放たれており門から中を覗いてみると、中には広めの庭があった。  「あ――!」
思わず漏れた自分の声に板倉は手を口で塞ぐ。 なんと、庭の隅のほうで3軒ほど離れた民家に向かって銃を向けていた謎の二人組みが、 板倉のいる門のほうを向きこちらに歩いてきたのだ。 急いで門から一歩離れ、塀に体を貼り付けるようにして息を潜めた。 暗くて誰かはわからない。ただ二人の話す声だけは聞えた。  「あいつらか?!このへんな煙」  「とにかく逃げられるまえに追うぞ!」
そう言い、まず何かを手に(おそらく銃だろう)持っている人物が出てきて、 それに続き手ぶらな相方が出てくる。すぐそばの板倉に気づいていない。 チャンスだ――! 板倉はさっと一歩踏み出すと、後から出てきた人物の首に手を回しメスの峰を押し当てた。

「ひっ」
突如首に何かが絡みつき、いつもここから山田一成は悲鳴をあげた。 そしてそのまま動けなかったのは、首の左側になにかが押し当てられる感触があったから。 恐怖のあまり、山田の頭は真っ白になった。
 「どうした?」
前にいた菊地が山田を振り返る、と同時に手にもっていた銃をこちらへ向けた。
 「誰だ、その後ろのやつ」
 「や、やめてくれっ!」
突然謎の人物に捕まり恐怖でいっぱいだった山田はそれだけ言うのが精一杯だった。 菊地なら後ろの誰かを撃つために、引き金を引くかもしれない。 そしたら間違いなく俺にも当たる――。 山田の脳裏にゲームが開始されてからのことが過ぎった。 山田自身はそこまでやる気は無かった。当然死にたくない。けれど誰かを殺してまで――。 その山田の気持ちを表すかのように、支給武器は灰皿。しかもアルミ製。 しかし菊地は違う。彼に支給された武器はグロック19。拳銃。 それは菊地の“生き残りたい”という気持ちをはっきりと表していた。 山田は止めることが出来なかった。菊地はゲームに乗ってしまったのだ。
 「な、なぁ、この手、幽霊――?」
思わず手を首元まで伸ばし、自分の自由を奪う手に触れてみたのだったが――。 その手はゾッとするほど冷たく細かった。  「刃物持った幽霊なんかいない。誰なんだ?」
振り向くことができない山田だったが、この煙幕らしきもののせいで 菊地にもその人物の顔は見えていないらしい。 すると――。  「銃をおろしてもらえますか?」
すぐ後ろで幽霊のものとは思えないような声がした。

「だから誰なんだ?」
菊地は激しい口調で聞いた。相方山田の首に絡みつく腕の主。 煙幕と、その何者かがかぶっている帽子のせいで顔を窺うことができない。 しかしその声からそれが男であるということがわかった。  「言うこと聞いてください。そうじゃないと――」
男は続きを言わなかった。山田の顔が青白くなるのがわかる。 銃をさげろ? 向こうの一方的な要求に頭に来た菊地だったが、 下げなければどうなるかは目に見えている。あのナイフのようなもので山田の喉を切り、首輪の連動で自分も死ぬ。 ここは言うことを聞くしかない。 渋々菊地は銃を下げた。
 「それからその銃をこっちへ投げてください。そうすればあなた達を傷つけません」
 「な、そんなことしたら俺達が困るじゃないか!」
思わず反論した菊地だったが、男がペン回しのように刃物を指先で回転させたので、すぐに口を閉じた。 どうする――?今ここで銃を渡し助かっても…いや、相手が言っていることは本当かどうかわからない。 もしかしたら銃を置かせ、そのあとに山田を殺すかもしれない。けどそれは渡さなくたって一緒だ。 むしろ相手の攻撃しないという言葉が本当ならば、銃を渡したほうがまだ死なないで済む。 銃をなくすことにより生存率はぐっと下がるが。そう思うとやはり銃を手放すのは――。
 「わかった」
頷き、菊地は山田とその男のほうにグロックを投げる。コンクリートの地面に落ちる音がした。
 「これでいいんだろ?――っあっ!!」
山田と男の後方を、菊地は指を指した。
 「え?」
二人が同時に振り返る。 ――今だ!! 菊地は地を蹴り一瞬にして二人との距離を縮めた。 そして山田を刃物とは逆方向へ思い切りひっぱり、山田という盾の無くなった謎の男の腹に蹴りをいれる。
 「うっ」
今度は呻き声をあげて前かがみになった男の首にかかと落し。 がっ、と鈍い音がし、男は地面へ崩れおちた。
 「あんな古典的な方法に引っかかるなんてな」
後ろでへたりこんでいる山田をよそに、菊地は男の帽子を取り払った。

煙がもう殆どなくなっている中、顔を隠していた帽子を取り払われる。 しかし痛みに呻いている最中、抵抗することができなかった。 インパルス板倉は、自分を見下ろすいつここ菊地の顔を見上げる。
 「へー、誰かと思ったら」
勝利を確信しているのだろう。菊地はにやりと笑みを浮かべる。 大馬鹿だった。まさか小学生がやるようなあんな手に引っかかるなんて。 『あ、UFO!』ってそれで本当にUFOがいた試しが無い。 これで窓の外を向いてしまった者は、“単純馬鹿”ということになる。 しかし今回は“単純馬鹿”で済まされる問題じゃない。実質馬鹿なんだろうけど。 これで待っているのは“死”でしかないのだ。 そう思った瞬間、今まで押さえつけていた恐怖が板倉の全身を駆け抜ける。 嫌だ――死にたくない――。
 「これで俺から銃を奪えると思ったんだ?」
菊地は、板倉がうっかり手放してしまったメスを拾い上げ、それを見てまた笑みを浮かべる。
 「ったく。ちょっと焦ったじゃねえか。まぁいいや」
そう言うと菊地は板倉の頭部へ銃口を向けた。
 「やめろ…やめてくれ…」
 「今更命乞いって、格好悪いよ?」
どんなに逃げようとしても恐怖と痛みで体が動かない。 菊地の人差し指がゆっくりと動く。
嫌だ、怖い、誰か助けてくれ――!!
―――。
 「え?」
すぐに来ると思っていた痛みも銃声も来ない。 どうしたんだ? ぎゅっ、と瞑っていた目を板倉はそっと開けた。
 「板倉さん!大丈夫!!??」
聞きなれた声に顔を上げると、堤下が憔悴したような表情で駆け寄ってきた。

「あれ?あいつらは?」
 「山田さんはやる気が無いらしくて。俺が殴って気絶させた菊地さんを担いでどっかへ行ったよ」
 「…そっか」
全身から力が抜ける。安堵の息をついた。堤下の手にグロックが握られていることから、上手く奪ったのだとわかった。
 「…怖かった」
 「俺も間に合ってよかったよ。危ないところだった。ごめんね」
堤下がすまなそうな表情をする。板倉は「いいよ」と言った。  「大丈夫?立てる?」 まだ蹴られた箇所の痛みは治まらない。板倉は差し出された堤下の手に素直につかまった。
 「それで…竹山さんたちは?助けられたの?」
それを聞くなり堤下の表情が曇った。嫌な予感がする。まさか――。  「俺が行った時にはもう、中島さんは殆ど死にかけてた。もちろんその場から避難したけど…」
自分の顔が引き攣るのがはっきりとわかった。 おい――なんだよそれ。冗談だろ?
 「なぁ…うそだろ?死んだなんてうそなんだろ?!なぁ!!」
思わず堤下の胸座を掴んでいた。堤下は悲痛な表情で首を横に振る。そんな――。板倉は地面に膝をついた。
 「なんでだよ…なんで死ぬんだよ…ありえねぇよ…」
カンニングの二人とはそこまで親しい間柄では無かった。 しかしエンタ以外の番組でも何度も共演したことのある顔なじみである。その二人が――。
 「竹山さんは――」
堤下の声に、板倉は涙で濡れた顔をあげる。
 「“助けてくれて嬉しかった”って言ってた。それと――」
声をつまらせた堤下の目は潤んでいた。
 「“俺ができなかったぶん、絶対に相方を守れ”って」
堤下は元の商店街のほうへ体を向けた。もう煙幕ははれていて、街燈の明かりがはっきりと見える。 そして見上げれば月も星も。今までどおりの夜空だった。
 「俺は竹山さんたちを助けに行って良かったと思う」
 「堤下…」
板倉はゆっくりと立ち上がった。
 「行こう、板倉さん」
堤下の声に頷き、二人は静かに住宅街を離れた。

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