やってしまったんだ。 後悔と事実が残り、現実から遠く引き離された気がした。 彼の首には深くカッターの刃が刺さっている。 ぐっと力を入れてカッターを引き抜くと血が吹き出た。 彼の自分を呼ぶ声が掠れながら聞こえ、同時にヒュッと何かが通るような情けない音。 あぁ、こんなにも人って儚いものなんだ。 そのうち音も声も何もかもが消え、あたりに静寂が訪れる。 カッターの先に光る赤黒い液体をじっと眺めた。 気持ちが悪い。 さっきの出来事で薄汚れた自分のシャツでカッターを磨く。 若干汚れは残っているが、まぁいい。 彼のナップザックを持ち、立ち上がって前へ進むことにした。 足が重い。 頭が痛い。 時々投げ出したくなったけど、構わず歩いた。 その時、ポケットから乾いた携帯の電子音が響いた。 マズい。 「――っ!!」 慌てて携帯を手にとって、気がついた。 ここ、繋がるのかな? 考えててもしょうがない。それに誰かに見つかったら…。 ディスプレイには「自宅」の文字。 とにかく、しゃがんで通話ボタンを押した。 「は、はい。もしもし…」 震える声の直後、 「ぱぱー?」 聞きなれた、かわいらしい声。 「華生…。」 愛しい娘の声。 「ぱぱ、いつかえってくるの?」 なんて答えたらいいのだろう。 ずっと帰ってこれない? いつか帰ってこれる? 解らない。 悩んでいると、突然華生の声が遠くなった。 「もしもし。全部聞いてる」 「…そっか」 久しぶりに聞く嫁の声に安堵した。 周りを気にしながらも、最後になるかもしれない会話を少しだけ楽しんでみた。 「ねぇ」 「ん?」 「…帰って、これるわよね?」 それについては…。 「わかンない。やれるだけやる」 「そう」 やっぱり、嫁の声はどこか悲しそうで、 「俺が死んでも泣くなよ?」 「泣くわよ   あ、華生が代わって欲しいって」 はい、という声と共にまた娘の声。 「ぱぱぁ?」 「うん」 「はやくかえってきてね」 「うん」 胸が、痛い。 「かのん、ぱぱのことだぁいすき」 痛い。痛い。痛い。 張り裂けそうだ。 「…うん、パパも華生のこと大好きだよ!」 ごめんね。 バイバイって言って、通話を切った。 もう声も聞けないかもしれない。 悔しさともどかしさに、涙が出そうになった。 後悔はしない。 決めたんだ、戦うんだ。

本編  進む

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