逃げようとしていた。  自らの罪から目を背けて。  しかし結局、彼らは思い知る。  このゲームからは、逃げる事など出来ないのだと。

 ドランクドラゴンの二人は、林の奥へ奥へと進んでいた。  椿の下を離れて以来、どちらも口を開こうとはしない。塚地はずっと沈んだ様子で考え込んでいたし、鈴木もそんな塚地に声を掛けるのは憚られるようだった。  風の音を縫うように、時折銃声や爆発音が響く。結局、安全な場所などなく、ゲームが中断される事もないという事だろう。しかし二人には、休息が必要だった。  仕方ない、この辺で一度休んでおくか……そう短く言葉を交わした時だった。  突然茂みの陰から、服を血塗れにした眼鏡の男が飛び出してきた。  油断していたせいか、心身の疲労が注意力を削いでいたのか、今の今まで彼の存在に気付いていなかった二人は、咄嗟に身を翻して逃げようとした。  しかしそんな二人を男は止めようとする。
「ま……待ってください! 長嶋を――僕の相方を助けてください!」
 眼鏡の男――ダーリンハニー吉川はそう叫んだ。
「こ、これは……」
 吉川と共に茂みの陰を覗いた二人は絶句した。  そこには二人の男が倒れていた。  一人は何箇所も刃物で刺されていて、既に息がないのが見て取れる。  そしてもう一人――ダーリンハニー長嶋は、右胸から血を流し、どうにか呼吸を続けている状態だった。一応服らしきものを縛り付けてはあるものの、それほど効果がない事は、彼の真っ赤に染まってしまった右半身を見ればわかる。  当然、二人が来た所で、どうする事も出来ない傷だった。
「どうして……一体、何があったんや」
 塚地が吉川に訊ねる。
「森を……森の中を歩いてたら、いきなり撃たれて……」
 弾は長嶋に当たり、吉川は返り血を浴びただけで済んだ。撃った人物は、どうやら長嶋を傷つけるだけで満足したらしく、吉川は撃たずに立ち去ったのだという。
「……撃った奴は、近くにいたわけではないんやな?」
 塚地は何かを考え込みながら訊いた。
「そうです……でもそんな事どうでもいいでしょう? 早く、早く長嶋を――」
「……吉川」
 その時、倒れていた長嶋の唇がかすかに動き、相方の名を呼んだ。
「な、長嶋! 気が付いた――」
「もう、いいよ、隠さなくて」
 長嶋の言葉に、吉川の表情が凍りつく。
「塚地さん……もう、感づいてるんでしょ?」
 その言葉に、吉川は恐る恐る塚地の方を伺い見た。鈴木の方はまったくわかっていない様子で、「え? なに?」などと言いながら塚地と長嶋の顔を交互に見ている。  塚地は無言で、長嶋の言葉を促した。
「そうです。あの人……安井さんは、僕らが殺しました」
鈴木ははっと、地面に転がる死体――かつては安井順平と呼ばれていたものを見た。  長嶋を狙った敵は遠くから狙撃してきたという。ならば、何故ナイフで――明らかに近距離からの攻撃で殺された安井の死体がここにあるのか。  塚地と鈴木は、無言で吉川の表情を伺った。彼は俯いたまま、唇を噛んでいる。その服を紅く染めているものは、長嶋の血だけでなく、安井の血でもあったのだ。
「僕は……もう、いいんです。吉川には悪いけど……もう、諦めがつきました」
 僕は。  人を殺したから。
「人を殺して……その罪を背負う覚悟もなくて……だからきっと、僕らはここで終わりなんです」
 突然、長嶋が激しく咳き込んだ。吉川が慌てたように、何度も長嶋の名を呼ぶ。
「結局、最後は、生き残るだけの理由がある人が……僕ら、僕らみたいに……ただ生き残りたいって気持ちは、みんな、同じで……」
「長嶋! もう、もういいんだよ!」
 吉川の頬を涙が伝う。  塚地は静かに彼らに背を向け、鈴木を促してその場を立ち去った。  もう、彼らに出来る事は何もない。  後にはダーリンハニーの二人と、二人の犯した罪の証が残った。
「吉川……」
 消え入りそうな声が、必死に言葉を紡ぐ。
「それでも僕たち、間違ってなかったよなぁ……?」
「ああ、そうだよ……! 生きるためだもんな! これ、バトルロワイアルだもんな……!」
 吉川は励ますように、長嶋の手を握った。
「だからさ、諦めるなんて言うなよ……なあ!」
「吉川……。僕、一人じゃなくて良かった……。一人じゃきっと、何も出来なかったよ」
 ありがとう。  一緒にいてくれて。  励ましてくれて。  塚地と鈴木は、吉川の命が消える音を聞いた。  このゲームからは誰も逃げられない。

――安井順平死亡
――ダーリンハニー

【残り51組】

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