がらんとした廊下に出ると、暗くてよく分からないが、やはり人の気配がする。 小沢は腰にぶら下げていた鎖を握り締める。それなりに太く長い鎖であるが今はそれは酷く頼りない。 潤の銃を持って来ればよかった、と今更ながらに後悔した。
「…誰?」
小沢は窺うように声をかける。

ガウンッ

静かだった診療所内に耳を劈くような音が響き渡る。 途端、左腕が熱くなった。
「うっあっ!?」
訳の分からないまま小沢は床に転がった。 暗闇の中から現れたのは赤いテカテカした服を着た見慣れた男だった。
「マイケルっ…!?」
その手には黒光りする拳銃が握られている。 痛い、というより酷く熱い左手に触れる。たちまち右手はべっとりと赤く染まった。 撃たれた…そう気付くまでさほど時間は掛からなかった。
「なんだ、小沢さんだったんですか。」
「な…んで…っ」
小沢は愕然とした。 楽屋でもよく話していた、一緒に飲みに行ったこともあった。 そんな後輩が今、目の前で銃をこちらに向けている。
「なんでって、死にたくないからですよ。小沢さん。」
マイケルの指がトリガーに掛かる。小沢は咄嗟に身を起こした。
「何でだよ…何で!?」
小沢は叫びながら鎖を握り締め、相手目掛けて振り上げた。 まともにそれを顔に受けたマイケルが怯む。 が、すぐに体勢を立て直し、小沢目掛けて銃を構えた。
―やられる!?
小沢は思わず固く目を瞑っていた。 キン、と金属と金属が擦れ合うような音がして小沢は目を開けた。 マイケルは手を押さえて蹲っている。
「うぉっ、本当に当たった!?」
素っ頓狂な声に後ろを振り返ると銃を持った井戸田がこちらに駆け寄って来た。 どうやら井戸田の撃った銃弾がマイケルの拳銃に命中したらしい。
「大丈夫か!?」
「平気…ちょっと痛いけど。」
井戸田に身体を抱え起こされる。シャツは真っ赤に染まっていたがそれほど傷は深くはないようだ。
「くっ…」
マイケルが睨みつける。井戸田も氷のような冷たい視線で睨み返していた。 お互いの手には拳銃が握られている。数秒後にどちらが事切れてもおかしくない。 ピアノ線が一本、ピンと張り詰められたような空気に包まれた。

『ピンポンパンポーン♪』 『おーっす、殺しあってるなー?この調子で殺しあってくれー。』
突然響き渡った、その場に不釣合いな楽しんでいるような声。 放送に一瞬気を取られた井戸田に向けて、マイケルは引き金を引いた。
ガウンッガウンッ
『それじゃあ名前読み上げるぞー』
僅かに逸れた銃弾は井戸田の足下に突き刺さる。 殺気を撒き散らすマイケルに、遂に井戸田も銃を構えた。
『えー、結構死んでるなぁ…「ザ・たっち」に「はいじまともたけ」!…』
戦いに関しては運動神経の良いマイケルの方が圧倒的に有利だった。 素早い動きで井戸田の懐に飛び込み、腹に肘鉄を叩き込む。 井戸田が取り落とした拳銃が小沢の目の前に転がった。
『あとー、「      」。』
次の名前が読み上げられ、そしてマイケルが笑みを浮かべて引き金を引く瞬間。小沢の思考は、そこで止まった。
ガウンッ
一発の銃声が響き渡ると同時に、マイケルがゆっくりと崩れ落ちた。 拳銃を握り締めた小沢が、冷たい視線を井戸田に向けていた。
「小沢さ…ん…?」
愕然とする井戸田に向けられている瞳から、涙が一筋流れ出した。
「みんな…死んじゃった…?長井さんが?菊地くんも?山ちゃんも?なんで…なんでだよぉぉぉぉっ!!!!!!」
小沢は普段聞いたことがないような大声で叫び、頭を抱えて蹲った。 ガツッと嫌な音がして、床に当たった小沢の額から赤い液体が染み出した。 井戸田の目の前で完全に小沢は取り乱していた。…否、狂い始めていた。
「小沢さん!!」
慌てて小刻みに震える小沢の肩を抱く。 苦しそうにヒューヒューと息をする小沢を見て井戸田は先ほどの言葉を思い出した。
「死んだ…?いつここが…?長井さんが…?」
途端、井戸田の視界が真っ赤に染まった。 ぐったりとした後輩の体からどんどん広がっていく赤。 自分の腕の中で何処か遠くを見つめて泣き続ける相方。そしてその腕から流れ出る赤。 何事も無く笑い合った、楽しかった昔の思い出だけが記憶から遠ざかって、井戸田の世界は赤に埋め尽くされた。 その赤があまりにも鮮やかで、酷い吐き気がした。 井戸田は堅く握り締められた小沢の手からなんとか拳銃を外して、それを胸に抱き、泣いた。
二人の何かが、あるいは全てが狂い始めていた。

――マイケル死亡

【残り50組】

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