暗い空に昇ったばかりの月が、返り血を浴びたような不吉な色をしてひっかかっているのが 覆面の小さな窓から見えた。 逃げ惑う際に森に潜む禍々しい闇の爪にでも引き裂かれたかのように、 黒い衣装の裾がズタズタになっているのを、しなやかな指でつまんで、 悲しい気持ちで眺めている。 人一倍ケガに気を遣い、激しい労働を経験したことのない白い指が 今は殊更に頼りなげに見える。 この黒ずくめの衣装のおかげで、夜陰に紛れてここまで逃げおおせはした。 だが闇は、オレだけを隠してくれる訳ではない。 こうしている間にも、いつ背後から知らない手が伸びてこぬとも限らない。 遠くの方でまた誰かの断末魔の声がした。 その声が誰のものなのか、もう思い返すことさえ憚られる。 わかったところでその声は、もう二度と聞くことはないのだ。
「もうイヤだ」
パペットマペットは抱えた膝に覆面ごと額を預けた。 悲しみを覆ったその布は、目の下が色濃くにじんでいた。 オレにはこんなことはできない。 そもそもこの芸風こそが、オレの気質を如実に物語っているではないか。
「オレには絶対できない!」
心臓をわしづかみにされて、ぎりぎりと締め上げられるような恐怖に ずっと息を殺して、鼓動さえ押し隠すように逃げてきたが、 見えない何かに立ち向かうように、ここでそう声に出して言ってみて 初めて人間らしい、いや、自分らしい感情を取り戻す。 ここでもし生き残ったとしても、その時そこにいるオレは、もはやヒトではないだろう。 だったらオレは・・・オレは最後まで芸人パペットマペットとして死にたい。 こんなバカげたゲーム、一人ぐらいオレのような奴がいたっていいじゃないか。 殺し合いだというのなら・・・。 パペットマペットは、相方同士でそれをやってのけてやる。 ウシを右手に、カエルを左手に、それぞれ立ち位置を定め、 唯一握ってきたナイフでそれぞれの喉笛を掻き切った。 すぱりと口を開けた彼らの喉元からは、紅い血が見る間にあふれだしている。 まるで本当にパペットたちがその命を流し出しているかのように。 やいばはちょうど両手首の血管を切り裂いていた。 冷たい土にその長身を静かに横たえ、ウシとカエルが胸の上で 互いに抱き合うように組まれた。 初舞台のコントを思い出していた。胸の震えるような緊張と喜び。 流れ落ちる血が、あの情熱のまま温かいことに充分満足し 覆面の中に誰も知らないとびきりの笑顔を浮かべながら、 遠のく意識にパペットマペットは静かにその目を閉じた。

――パペットマペット死亡

【残り49組】

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