遠くに三つの人影が見えた。  一人が逃げようとするのを、すぐ後ろにいた人物が金属棒を使って転ばせる。すかさずもう一人が覆い被さり、刃物で滅多刺しにした。
「二対一かよ……卑怯だな」
「……やっちゃいますか?」
「ああ」
 刃物を持った男にライフルの照準を合わせ、引き金を引く。衝撃と同時に発射された弾は、男の胸を貫いた。
「よし、当たった」
「もう一人はどうする?」
「ほっといていいんじゃねえの? あの傷ならすぐ死ぬだろうし、無駄弾使う事もないだろ」
「そうだな」
 そう言いながら、アンタッチャブル山崎はライフルを下ろした。
「これで二人……いや三人か」
 柴田は指を折って数えている。反対側の手には、サブマシンガンが握られていた。
「まだまだいるんだろうなー、人殺してる奴」
「そうだなー……ま、弾は結構余裕あるし、見つけ次第殺してこうぜ」

時は遡って、一時間前。  ヤシコバ月子は、大木の根元に座って最期の時を待っていた。  やっとの思いで出演したエンタの神様。彼女のネタに対する反響はそれほど大きくなかったが、それでも全国区の番組に呼ばれた事は、彼女にとって大きな励みになった。  その後しばらく音沙汰がなく、二度目はないものと覚悟していた彼女に、再び出演依頼が舞い込んだ。今度はスペシャルだという。  大勢の人気芸人たちに囲まれて、自分はまったく目立たない存在になってしまうかもしれない。だが、それでもいい――彼女にとって、エンタは憧れの舞台だったのだ。  しかし、ヤシコバ月子を待っていたのは、舞台ではなく戦場だった。
 どうしてだろう――やっとあのステージに立てたのに。日本全国の人々の前で、自分のネタを披露出来たのに。  どうして、殺し合いなんか。  ナップザックを開けた瞬間、彼女の決意は固まった。  終わりにしよう。苦しい思いをする前に。  彼女は己の武器――剃刀を手首にあてがい、一気に引いた。  出血と共に、少しずつ意識が薄らいでいく。多少は痛みがあるものの、凄惨な殺し合いの末に死ぬよりは、よっぽどマシだと思って我慢した。  遠くから、誰かの声が聞こえてくる。
「……い、おーい、ちょっとそこのキミ、何してるのかなー?」
 力の抜けてしまった体を無理やり動かして声のした方を見ると、自分と同じ女ピン芸人、田上よしえが立っていた。 彼女はヤシコバの手首から鮮血が流れている事に気付くと、ぎょっとした表情で駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっと、どうしちゃったのよこれ」
「自分で……切りました」
「ええっ!? なんでそんな事しちゃうの!?」
「だって……私なんて、全然売れてないし……こんな武器じゃ勝ち残るのだって無理じゃないですか……」
「なーに言ってんの! あんたまだ若いんだから、そんな簡単に諦めちゃダメでしょ! ほらほらアタシなんて、ブームに乗れずに地味ーに活動してるし」
 アハハハ、と明るい声で笑いながら、田上は服を破った布きれでヤシコバの手首を縛った。
「諦めちったら終わりだよ? とりあえずマジになってやってみないと、絶対後悔するって」
 前向きすぎるほどの田上の言葉が、ヤシコバの心を奮い立たせた。
「ほら、アタシがこの武器で守ってやっから!」
 田上が小型の拳銃を見せる。
「生きてみようよ、な!」
「はい……」
 ヤシコバは静かに立ち上がった。
「私、生きたいです」
 右手を思いっ切り振り上げる。その手に握られたままの剃刀。それは一瞬の躊躇いもなく、田上の首筋に向かって振り下ろされた。
「え!?」
 驚きの表情を浮かべたまま、田上は地面に倒れた。ヤシコバの時とは比べ物にならないほどの勢いで、血溜まりが広がっていく。
「生きたいから……生きたいなら、殺さなきゃ――」
 ヤシコバは田上の拳銃に手を伸ばす。  だが、彼女の望みはそこで潰えた。
 ――ダンッ
 鈍い破裂音が響いて、ヤシコバの側頭部から血が噴き出した。
「どうしよう、撃っちゃったよ……」
 10mほど離れた所で、山崎はライフルを抱えて身震いしていた。  そんな山崎を尻目に、柴田は慌てて田上に駆け寄る。
「田上さん、田上……クソッ、息してねえ!」
 柴田は田上の体を揺さ振ったが、彼女が意識を取り戻す事はなかった。
「ちくしょう……もっと早く気付いてたら、助けられたかもしんねーのに」
 奥歯を強く噛み締めながら、柴田は田上を地面に横たえる。  強力な武器を持っていたというのに、彼らは後輩の命を救えなかった。
「なんでだよ……くそ……」
 地面に拳を叩きつける。その怒りが田上を殺した人物に対するものなのか、 それとも自分自身に向けてのものなのか、柴田にもわからなかった。
「柴田……」
 山崎はそっと柴田に歩み寄り、気遣うように顔を覗いた。頬を伝う涙が見えた。
「……なんで殺す必要があったんだよ」
 殺す奴さえいなければ、このゲームは成り立たないのに。  何故そんな簡単な事がわからない? 山崎は、しばらく間を置いた後。
「……戦うか、柴田?」
 ぽつり、と訊ねた。
「これとお前の銃で、人殺した奴やっつけるか?」
 柴田は顔を上げた。  山崎の手にはライフル銃。  柴田の手にはサブマシンガン。  強力すぎるそれらの武器の使い道が、ようやく見えたような気がした。
「……ああ」
 柴田はぐいっと涙を拭うと、自らの武器を握って立ち上がる。
「やってやる。このゲームに乗った奴ら、全員ぶっ殺してやるよ!」

 こうしてアンタッチャブルは戦う事を決意した。  正義のために――こんなゲームを楽しんでいる、殺人者たちを裁くために。

 田上よしえ――死亡(死因:ヤシコバ月子に剃刀で切られ失血死)
 ヤシコバ月子――死亡(死因:アンタッチャブル山崎にライフル銃で頭部を撃たれる)

【残り47組】

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