「ヒロシです。 うちの子もヒロシって名前なのって言われたとです。 なんて答えればいいとですか。」
ヒロシは目の前のいつもここから山田一成、否、且て山田一成だったものに話し掛けた。 もう、駄目出しも、アドバイスもしてくれない山田一成に。 放送で、知ってはいた。 そして、それを実際に見つめても... 顔は判別がつかない。 でも、血まみれとはいえ見慣れたスーツ。 そして、傍らに横たわる菊地。 それは山田一成に相違なかった。 それでもヒロシは、その現実をどう受け止めたらいいのか、わからなかった。 人見知りが激しくて、自分から他人に話しかける、何て事は決して出来なかった。 でも、何故か山田だけには、引き付けられるように自分から話しかけた。 以来、東京では、唯一の親友だった。
「俺、本気でお笑いで売れたい。」
ホスト時代にそう言った時、親身になって、アドバイスしてくれた。 売れた時、誰よりも喜んでくれた。 単独ライブや、DVDも製作にも関わってくれた。 そんな面倒見のいい山田君が、何故... 苦しかっただろうか、痛かっただろうか、それとも全て一瞬で終わったのだろうか。 どの道こうなるのなら、いっそ自分の手で... そんな事さえ思った。 ヒロシは武器を取り出した。 ウォッカのビン1本とライター1つ。 酒が飲めないくせにホストだったヒロシには、皮肉な武器だった。 ヒロシは乗り気ではなかった。 でも、いざとなったら、自分の身を守らなきゃいけない。 死にたくないから。 となると...

・ビンで相手を殴って気絶している間に逃げる。
・半分くらいに割って鋭利になったビンで相手を脅して逃げる。
・言葉巧みに相手にウォッカを飲ませて、酔っ払った隙に逃げる。
3つ目の考えは、真っ先に捨てた。 元ホスト、しかも今は芸人。でも言葉巧みには...かなり自分には無理があった。 4つ目の考え、それは考える迄も無く自分には出来ないと思っていた。 でも... ヒロシは山田の遺体に満遍なくウォッカをかけた。
「山田君は酒、飲めるから。」
そして、ライターで火をつけた。 生きて、自分を攻撃してくる人ではなく、死んで、もう自分には決して攻撃を仕掛けてくる人ではなく。 ウォッカは、容赦なく山田の遺体を燃やした。 ヒロシは山田ではなく、炎を見つめていた。 お互いに敬愛しているバンド、スタークラブの話で盛り上がった事、 一緒にやっているバンドの練習... 走馬灯の様に、思い出が頭をよぎった。 出会った日から全てが、まるで、昨日の事だったかの様に。 全てを燃やし尽くし、まだ燻っている物の、炭化した山田の遺体。 それを見ても、ヒロシは不思議と涙が出なかった。 何故そんな事をしたのか、自分でもわからなかった。 弔いのつもりかどうかさえも。 本当かどうかは知らないが、韓国では、 思いを残して死んだ人は火葬に、そうじゃない人は土葬にする風習がある、 と聞いた事がある。 自分も山田君も日本人だけど。 でも思いを残して死んだだろうから、燃やしたのだろうか。 そんな思いが頭をよぎるだけで、もうヒロシには、何かを考える力も無かった。

「パン。」

一発の銃声と共に、ヒロシの背中に激痛が走り、そのまま山田の遺体の上に、崩れ落ちた。 燻っている山田の遺体は、まだ熱かった。
「山田君...山田君...!!」
あたかも、苦痛の叫びの代わりに、山田の名を叫んでいる様だった。 ヒロシは、やっと、泣き喚く事が出来た。 ただ、弾丸は心臓の近くを打ち抜いたようだ。 ヒロシが泣き喚く事も出来ず、 また元の静寂が戻るのに、そう時間はかからなかった。

――ヒロシ死亡

【残り45組】

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