同報無線から流れたチャイムの音で、鈴木は目を覚ました。眼鏡をずり上げながら塚地の方を見ると、 こちらは一睡もしていないらしく、寝る前とまったく同じ姿勢で立っていた。
『「椿鬼奴」、「ダーリンハニー」……』
 放送は明るい調子で死者の名前を読み上げていく。有名な者でも無名な者でも、家族がいようがいまいが、 どんな芸風だろうとどんな死に方だろうと、そこでは単なる“ゲームの敗北者”だった。
『残り50組まで減ったな。視聴率もどんどん上がってるぞー。日本全国に素敵な殺し合いをお届けしろよー』
 放送の締め括りの言葉を聞きながら、塚地は鈴木に歩み寄り、隣にすっと腰を下ろした。  二人とも無言のまま、時間だけが過ぎる。
「田上さん、死んじゃったんだね」
 しばらくして、鈴木が呟いた。
「せやな」
 塚地も頷く。  死者の中には知っている芸人も数多くいたが、その中でも、 同じ事務所所属でエンタ以外の番組でも共演した事がある田上とは、かなり親しい間柄だった。
「他のみんなは、無事なのかな」
 鈴木の言葉に、塚地は少しだけ迷って返答する。
「まあ、放送で呼ばれてないなら、どこかで生きてるって事やろうな」
 生きている事と無事である事は、イコールではないのだけれど。  ゲームの開始から数時間。以前と変わらぬ精神を保てている者が、果たしてどれだけいるのだろうか。  殺す側に回った者、積極的ではないにしても殺しを容認した者――このゲームの中では、 普通ならばありえない思考回路が、当たり前のように存在する。  しかし、そんな状況でも――いや、そんな状況だからこそ、塚地は自らの目的を諦めるわけにはいかなかった。
「どうするの、これから」
「とりあえず、協力してくれる奴探さんとな」
 ドランクドラゴン一組だけでライブをしたって、それは恐らく、このゲームになんの影響も及ぼさない。  しかし、人衆ければ天に勝つ。塚地の思惑通りにいけば――ゲームクリアの可能性だってある。  もちろん、それは夢物語に過ぎない。  けれど――そのために生きると、決めたのだから。
「行くか、鈴木」
 塚地は立ち上がりかけ――
「その前にご飯食べていい?」
 鈴木の言葉にガクッと脱力した。

嘘だ――嘘だ。  放送ははっきりと彼女の名を告げていたけれど、それでもまだ、心は否定し続けていた。  疲れきっているはずの体が勝手に走り出す。早く事実を確かめなければ、いつも不安定な彼の精神は、おかしな方向に倒れてしまうだろう。  どこまで行っても同じような景色。しかし、無意識の恐怖と緊張が彼の鼓動を一層速め、その場所が近い事を教えていた。  そして――  どこか懐かしい香りが、微かに漂う空間で。  彼女は地面に横たわっていた。目立った傷もなく、苦しんだ様子もなかった。  しかし、彼女は死んでいた。  誰かに殺されていた。  苦労して持ってきた巨大な斧が、手から滑り落ちて地面にめり込む。
「……椿さん……」
 彼女の名を呼ぶ、まるで呻きのような声。  彼は――南野やじは、椿鬼奴の死体の傍に座り込んだ。  涙は流れなかった。そこまで深い仲ではなかった。  ただ――彼は後悔の念に苛まれる。  なぜ逃げ出してしまったのだろう。なぜ手遅れになる前に戻ってこられなかったのだろう。  裏切り者。弱虫。無能。お前は仲間を見捨てた。お前のせいで椿は死んだんだ――!  誰もいないはずの空間から声がする。それは自分の声、自分が自分を責める声だった。 自らの自虐的な性格によって、彼の精神は追い詰められていった。
「俺は最低の人間だ……」
 なぜ自分は生き延びているのだろう。何も出来ないくせに――生きる価値もないくせに。
「俺なんか、俺なんか、俺なんか……!」
 南野の手が、椿の投擲用ナイフに伸ばされる。  しかし、それを握り締めた途端、彼の脳裏に、ある考えが閃いた。
「そうだ――復讐すればいいんだ」
 仲間が殺された。  だったら自分が犯人を殺してやる。  単純明快。当然の事ではないか。
「復讐してやる……絶対見つけ出して殺してやる」
 正しいとか正しくないとか、そんな事はどうでも良かった。ただ、自分を支えるものがあればいいのだ。  自分自身を責める声は消えた。  今度こそ逃げるまいと固く心に誓い、南野やじは新たな一歩を踏み出した。

【残り45組】

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