「……ツイてないなあ……」
 竹内は掠れた声で呟いた。  この世界には幸運とか、あるいは不運としか呼べないようなものが確かにあって、 結局の所人生を左右しているのはそれらの“どうしようもない事”なのだ。  竹内は相方の事を考える。  増井歩という名のその男と出会えた事を、竹内は幸運だと思っていた。  彼と出会わなかったら、恐らく自分が芸人として売れる事はなかっただろう。 テレビ出演なんて、尚更ありえない。だから竹内にとって増井はなくてはならない存在だし、 普段口に出す事はなくても、心の底から感謝している。  だけど――増井はどうなんだろう?
「なあ……お前、今、なに考えてるの……?」
 問い掛けても答える声はない。増井は竹内をこの場に残し、一人で行ってしまった。  無論、竹内は追いかけようとした。彼の相方、ハロの一員として、共に戦いたかった。 しかし彼の体はもう、その望みを叶えるだけの力を持っていなかったのだ。  さっきから意識が定まらず、現在の景色と過去の映像が、壊れた蛍光灯のように交互に明滅している。 きっと、走馬灯というやつだ。相方の顔ばかり浮かぶのは、巻き込んでしまった事を、申し訳なく思っているからだろう。
「あーあ……あんなかっこいい事言ったくせにさー……」
 自分のせいで、増井は死ぬ。

こんなに真剣に話し合ったのは、ハロ結成以来初めてかもしれない。  生き延びたい。  だけど人を殺したくない。  月並なジレンマだけれど、バトルロワイアルにおいて、避けては通れない問題。  結局のところ、二人は武器を手に取った。積極的に戦おうなんて気はないけれど、向こうが襲ってきた場合、正当な防衛はしようと思ったのだ。  竹内の武器は、刃渡り20pを超える牛刀。立派な武器と言っていいだろう。  一方、増井の武器はプラスチック製のメガホン。ペ・ヨンジュンとメガホンという組み合わせが、 この場に似合わなすぎるので、竹内は思わず笑みをこぼした。
「なんか武器に差がありすぎじゃない?」
 増井は自分と竹内の手元を見比べて苦笑する。
「オレが戦う役目って事でしょ」
 竹内は笑って返した。
「なんかそれ、悪いなー」 「いいんだって。元々この世界に増井さんを引き込んだのは俺なんだし――」
 銃声のようなものが聞こえたので、思わず言葉を切ってしまう。音は相当遠いし、 自分たちを狙っているわけではないとわかってはいても、まだこの状況に慣れていないため、過剰に反応してしまうのだ。
「うん、だからさ、俺は責任持って増井さんの事守るよ」
「……うわっ、竹内くんってばくっさいなー」
「うるさいよ」
 照れ隠しに怒ったフリをし、増井に背中を向けて歩き出す。  再び遠くから銃声が聞こえた――
「竹内くんっ!!」
 増井の叫ぶ声。  竹内は、腹部から飛び散る自らの血を呆然と眺めながら、ゆっくりと後ろに倒れていった。
「わ……うそ……」
 撃たれた、のか?
「た、竹内くん」  増井は倒れた竹内の傍らに膝をついた。 「なんで……銃弾が……」
 苦しげに呟くと同時に、竹内はその事実に思い当たる。  ――自分はなんてツイてないんだ。  銃声は遠くから聞こえた。だから自分たちが標的になる事はないと思っていた。だけど銃弾の届く範囲は、狙いが定められる範囲よりもずっと広い。  狙った相手から逸れた銃弾が、たまたま竹内に向かって飛び、腹部に突き刺さったのだ。  流れ弾だから、当然急所は外していた。しかし、医者など存在しないこの島では、致命傷である事に変わりはない。 負傷から死までの時間の流れが、緩慢になったというだけだ。
「……増井……」
 相方の名前を呼ぶ。しかし、掛けるべき言葉が見付からない。  増井は無言で立ち上がった。こちらを向いた瞳は、哀しさと強さが入り混じり、どこか冷たささえも感じられた。
「竹内くん、武器、交換ね」
 増井は竹内の手から牛刀を抜き取り、代わりにメガホンを傍らの地面に置く。
「俺、ちょっと出掛けてくるから、ここで待っててよ。……戻ってくるまで、生きててよね」
 それだけ言い残すと、増井はどこかに向かって歩き始める。
「え、ま、待ってよ増井さん……!」
 竹内の声にも増井は振り向こうとしない。  竹内は立ち上がって追い掛けようとした。しかし、体を支えられず前のめりに倒れる。 傷口に石が当たって、電撃のような痛みが走った。
「増井……どこ行くつもりなんだよ……」
 地面にうつ伏せたまま、竹内は呟く。  だけど、彼を残して去った相方を、責めるつもりはなかった。
 増井を死なせるのは、他でもない、自分なのだから。

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