前を行く柴田の背中を見ながら、山崎は後悔していた。  柴田に殺しをけしかけてしまった事を。  あの場では仕方がなかったのだ、と考える事も出来る。柴田を田上の死から立ち直させるには、多少強引にでも目的を示すしかなかったのだ、と。  しかし、きくりんと対峙した際、柴田は一瞬殺しを躊躇った。もしかしたらその時、柴田は気付いてしまったのかもしれない。  山崎があえて口に出さず、誤魔化していた事に。  もしも柴田がその事を悟ってしまったら、彼の正義感の強さが今度は仇となり、二倍三倍の苦しみが彼を苛むだろう。強さの反面、脆さも併せ持つ柴田が、それに耐えられるかどうかはわからない。  ましてや――この先に待つのは、彼らの後輩であるドランクドラゴンなのだ。  彼らが誰も殺していないのならば問題はない。  しかし、もしも彼らが人を殺していたとしたら?  裁くべき人間なのだとしたら?

「あ」
 突然柴田が立ち止まったので、山崎はビクッと全身で反応してしまう。
「ど、どうしたんだよ柴田ー」
 オーバーリアクションの山崎に声を潜めるよう手振りで示し、柴田は前方を指差した。
「……誰か、倒れてる」 「え? ……死んでる?」 「わかんねぇ」
 柴田は念のためサブマシンガンを構え、ゆっくりとその男の方に近付く。途中、足元に、乾きかけの血の筋がある事に気付いた。その何かを引き摺った跡のような異様な血痕は、倒れている男の赤黒く染まった脇腹まで続いている。  どうやら彼は、負傷した体で這うようにして、数m移動したらしい。
「おい……大丈夫か?」
 柴田は銃を足元に置き、男の体を揺さ振る。  男は微かに身動ぎした。どうやらまだ息はあるようだ。小さな声で、うわ言のように呟き続けている。
「増井さん……どこ行ったんだよ……」

 結局鈴木の言葉通り、ドランクドラゴンの二人は朝食を取る事にした。  ナップザックに入っていたビスケット状の携帯食を、少しだけつまむ。味付けがまったくされていなかった上に、首輪の圧迫感があるせいで食は進まなかったが、それでも10分もすればそれなりに腹が満たされた。  今度こそ本当に出発しなくてはならない。しかもこれからは、今までのような“逃げ”ではなく、 ある意味で“攻め”に転じなくてはならないのだ。
「あっ、そうだ」
 突然鈴木が何かを思い立ったように声を上げる。
「塚っちゃんの吹き矢、俺に貸してよ」
 昨夜鈴木は、もしも自分たちが襲われた場合、自分が戦う側に回る事を申し出ていた。  塚地は心苦しさを感じないでもなかったが、自分と相方の性格を考えれば、そのような役割分担が正しいような気がした。  塚地が吹き矢と筒をベルトから抜き取って手渡すと、鈴木は改めて物珍しそうな顔で眺める。
「矢の方は慎重に扱えよ、下手に触るとえらい事になるで」
 こんな事で死なれちゃたまらんからな、塚地は苦笑する。  相方の間抜けな部分は今まで散々見てきたが、ここでそれをやられると、自分の命に直結するのだ。
「わかってるよ」
 鈴木さすがに少しムッとした様子で答える。ちょっとしたうっかりで命を落とすのは、鈴木としても避けたいところだった。
「あと、筒に口付けたまま息吸うんも危ないからな」
「それもわかってるよ!」
「いやー、お前にはきちんと言うとかんと心配やしな」
 いつも通りのやりとりだった。  こんな風に、相方といつも通りに話せるのは、喜ぶべき事かもしれない――塚地は心の片隅で考える。  彼らの良く知る芸人の中で、以前と変わらず話せる相手が、一体どれだけいるのだろうか、とも。

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