「多分...」 ジャイが小声で話し始めた。 「俺の想像だけど、先ず菊地さんが殺された。あの状況からすると、多分、マシンガンか何かだろうな。それで山田さんが死んだ。そこをヒロシさんが通りかかった。」 「じゃあ、何で山田さんが焼かれていたんだよー。」 ゆうぞうも、小声で聞いた。 「やっぱりヒロシさんが焼いたんだろうな。足元に酒瓶みたいなのと、ライターが転がっていたから。」 「何でぇ?」 「俺、ヒロシさんじゃないからわからないけど、多分、葬式がしたかったんだと思う。それか...多分悲惨な事になっていただろう山田さんの死体を誰にも見せたくなかったか。ヒロシさん、山田さんを慕っていたから。」 確かに、焼死体の方が一見悲惨に見える。ウォッカレベルでは、骨迄焼き尽くす事は不可能だ。 でも一目で誰かはわからなくなる。そういう意味では、隠したといえるかもしれない。 尤も、傍らにある菊地の死体で、すぐに山田とわかってしまうのだが。 「多分、いつここさんの武器は奪われている。ヒロシさんも武器を使い果たしたと思う。空の瓶とライターも使えないわけじゃないし、そこに見えるホームセンターみたいな建物にも入ってみたいけど...多分あの建物は危険だ。」 何故? 何故、推測とはいえ冷静にこの状況を分析出来るんだ? この状況を冷静に分析した上で、ヒロシさんを殺したんだ? 訓練の為だけに? こいつは本当に俺が良く知っているジャイなのか? ゆうぞうの困惑は深まった。 「これ以上近づくのは危険だと思う。移動しよう。」 三人はまた、スギ・ゆうぞう・ジャイの順番で歩き始めた。 ジャイが微かに震えている事に、二人が気づいたかどうかはわからない。

コンビ名に引っ掛けて言うなら、二人の理性の磁場は狂い始めていた。 「俺達磁石だからって、安直だよなーこの武器。」 磁石の永沢に与えられた武器は拳銃だった。が、佐々木には、I字型の磁石だった。 ただ、大きさは警棒位あるが。 警棒と違い、角張っている為、強く握り締めると手が痛くなる。が、角がある分、殴った時の相手へのダメージも大きい。 「確かに安直だけど、十分使える武器だぜ。」 二人はニヤっと笑った。 二人は獣道の様な通りの脇の茂みの中に潜み、今後の事を話し合った。 「あのさあ、佐々木君、もしこのゲーム、思った程視聴率が取れなかったら、どうなると思う?」 「え?」 「そうなったら、即打ち切りになるだろうな。」 「まあ、そうかもな。」 「打ち切りになったら、多分その場でゲームオーバーだ。そうなるかどうかはわからないけどさ、万が一そうなった場合、そうなる前にやっておかないか?」 「やるって?」 「つまり、この先俺たちの邪魔になりそうな奴等だけでも殺しておかないかって事だよ。」 永沢の、眼鏡の奥の眼が、冷たく光った。 「いいね。」 冷たい光を放つ眼に答えるかのように、佐々木はニヤっと笑った。 初めて死体を見た時、流石に二人は怯んだ。が、それから更にいくつかの死体を見、放送を聞くにつれ、何も感じなくなっていった。 否、何も感じまいとしていたのかもしれない。敢えて、死に対する感覚を麻痺させて。 そして二十代の二人には、強い野心があった。尤も、二十代じゃなくても芸人なら誰もが、それなりの野心を持っているだろうが。 二人は参加者リストを広げた。 もう死んだやつは除外するとして...何組か殺害者候補があがった。その中でも特に 「少なくともアンガールズだけは殺っておきたいな。万が一、このゲームが途中で打ち切りになる前に。」 永沢の言葉に、佐々木はうなずいた。 磁石の理性の磁場は、相乗するように狂っていった。何時しか、自分達がアンガールズを殺す前にゲームが終わる事を、怖れる様に。 磁石が潜んでいる茂みの前の獣道を、インスタント・ジョンソンの三人が歩いて来た。 二人の殺害者候補にインスタント・ジョンソンは無かった。こっちはコンビで向こうはトリオ。芸風も違うし、エンタでは番組上仕方なくコントをやっているが、元々は漫才、そして向こうは元からコント。 ただ... 「ねえ、佐々木君、拳銃欲しくない?」 永沢は佐々木に耳打ちした。 「欲しいね。」 「まさかこの歳でオヤジ狩りデビューするとはね。」 永沢は、自分自身の意気を上げようとするかの様に、そう言った。 「ああ、ジャイってオッサンが悪いんだよ、あんな、拳銃ぶら下げて歩いている方が。」 騙すより騙される方が悪い。肌を露出する様な服を着て夜道を歩いていた女が悪い。佐々木自身も、自分の意気を上げる様に言った。

インスタント・ジョンソンの三人は、所々行く手を遮る枝を掻き分けたりしながら歩いていた。がさごそと。 だから多少こちらが物音を立てても気が付かれないだろう。とはいえ極力物音を立てないように、磁石の二人はインスタント・ジョンソンの...ジャイの背後に回った。 ジャイは自分がヘマをした事に気づいた。 スギとゆうぞうは気が付かなかった。自分達が立てたのではない、木の葉や枝を掻き分ける音。それが急速に自分達の横から後ろに回りこんだ事。殆ど、動物的なカンとしか言えなかったが、 ぬかったか? と思い慌てて振り返ると、磁石の永沢が銃口を自分に向けて、冷たい笑みを浮かべて立っている。 「パン。」 一発の銃声。何事かとスギとゆうぞうは、慌てて振り返る。 「ううっ...」 尻もちをついたように座り込み、うなだれるジャイの足からはおびただしい血が流れている。 突然の出来事に何があったかのかわからないが、ただ、本能的に自分達の首輪に手を当てるだけだった。

「永沢...君、永沢君!!」 佐々木にとっても、それは予期せぬ事だった。 二人はほぼ同時に引き金を引いた。だから銃声は一発にしか聞こえなかったが実際に放たれた弾は二発。 佐々木は永沢を揺すった。辛うじて生きている様だが...弾は首輪の下、左右の鎖骨の間を貫いていた。 苦悶の表情を浮かべる事さえ出来ない様な空ろな目。首から漏れる血と、ヒューヒューという空気音。 「こんちくしょう!」 佐々木は理性を失った。どの道永沢は死ぬ。そして佐々木も。ただ、永沢の仇を打つ、と言うより、目の前でぐったりしている男を殺せば助かるかもしれないと勘違いしたかの様に、武器の磁石を振りかざして、走り出そうとした。 「パン。」 走り出そうとした勢いで、腹を撃たれた佐々木はうつぶせに倒れた。 「ううっ...痛ってぇ。」 ジャイはもう顔を上げていた。スギとゆうぞうはやっと何が起こったのか、把握した。 「ジャイ、大丈夫か!?」 「痛てえよ。あ、結構血出てるね。多分傷は、弾がかすっただけだと思う。出血の割には、たいした事無い。それよりコケた拍子にケツ打って...そっちの方が痛てえ。」 ジャイは立ち上がって、よろよろと...傷というより尻が痛かったのだろうが...永沢に近づいた。 「ねぇ、スギ、包丁貸して。」 スギは、震える手で、ジャイに包丁を渡した。ジャイは、永沢の赤いTシャツを包丁で裂き始めた。 「何するんだ、ジャイ!」 ゆうぞうは思わず叫んだ。 「何って、包帯代わりに...あ、俺そんな趣味ないよ。あったとしても、こんな状況で、そんな気になれないよ。ゆうぞうのエッチ。」 勿論ゆうぞうはそんな事を想像したわけじゃない。ただ、服を切り裂くジャイが、無表情で人間の皮を裂いている様に見えた。 血の付いていない部分を裂き、包帯代わりに左の太股をきつめに縛って、二人の手から武器を奪った。 「なるべく、磁石さんから離れて。返り血浴びない様に。」 服を裂かれ、腹の手術痕が見える永沢。その永沢の心臓を拳銃で打ち抜いた。 佐々木の首輪が、炸裂した。 「どっち道ほっといても死ぬだろうけど...念の為にね。」 先に襲ってきたのは磁石の方だけど、でも何時迄も苦しませていたら、可哀想じゃないか。だったら、早く楽にしてやった方がいい。 ジャイは、その言葉を飲み込んだ。

「取り敢えず、水辺に行かない?俺、傷を洗いたい。」 「ああ、そうだな。」 スギは地図を見て、 「あっちの方へ行けば河がある。そこへ行ってみるか。」 河か...ジャイは心の中で呟いた。 「ジャイ、おぶってやろうか?」 ゆうぞうが言った。 「お姫様抱っこがいい。」 「...いや、背負う。」 歩けない程の傷じゃないからと言いかけたが、 「悪いね。」 磁石のナップザックは脇の、最初二人がいた茂みの中に置いてあった。 さっき奪った武器とナップザックの中の食料と拳銃の弾と水をスギは自分のナップザックに詰めた。 そしてジャイの荷物を持ったスギ・ジャイを背負ったゆうぞうの順で歩き始めた。 ジャイは、体が震えそうになるのを、ゆうぞうに悟られまいとしていた。 それから、遠い記憶が頭を掠めた。 遠い昔...まだ自分の歳さえ把握出来ない程幼い頃。転んで膝を擦り剥いて泣き喚く自分に優しく、 「男の子なんだから、泣いちゃだめでしょ。」 そういっておんぶしてくれた人。 「母ちゃん。」 「ジャイ、今何か言った?」 「タバコ吸いてぇって、言ったんだよ。」 ジャイは、ゆうぞうの問いにそう答えた。

――磁石死亡

【残り43組】

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