河辺に辿り着く前に、民家を見つけた。 一寸異様な外見の民家だった。造りは普通なのだが、壁もドアも屋根も全て暗い緑色。まあ、保護色にはなっているが。 「入ってみるか。」 スギが言った。二人は同意した。 「ゆうぞう、ここでいいよ。すまなかったね。」 ゆうぞうはジャイを降ろした。 「それから...ドアをパチンコで打ってみないか?」 「え?」 「威嚇だよ。中に人がいるかもしれないしね。気の弱い奴ならその音だけ十分威嚇になる。ただ、周りに人がいるって知られるかもしれないリスクは負うけどね。」 ジャイってこんなに用心深い奴だったっけと思いながら、スギは、 「そうだな、多少のリスクは負っても、その方がいいかもな。」 ゆうぞうはナップザックからパチンコを出し、ドアに向かって打った。 「バシッ!」 予想以上に、大きな音がした。 何の反応もない。 「誰もいなさそうだけど...スギ、出刃包丁貸して。」 ゆうぞうが言った。 「俺には拳銃を扱うのは多分無理だ。だったら、包丁の方がいい。もし何かあったら、ジャイ、援護射撃頼む。」 「わかった。」 ゆうぞうは出刃包丁を握り締め、用心深くドアを開けた。 中には誰もいなかった。一目で見渡せる、狭いワンフロアー。ただ、壁もフローリングの床も天井も、置いてあるもの全て、概観同様暗い緑色だったが。 シャワーしかない浴室、トイレ迄暗い緑色。 緑は得てしてエコロジーとか平和とかの象徴にされがちな色だが...何から何まで緑で統一されると返って不気味だった。 「まあでも、シャワーとトイレがあるだけでもよしとしなきゃな。」 と、スギが言った。 「タバコもあるよ。」 コンロはないが、流しと水道はあった。ゆうぞうがその下の戸を開けると、マルボロメンソールのカートンがみっちり詰まっていた。 「あー、それが一番助かる。」 ジャイはほっとした様に言った。 テーブルはあるが椅子は1脚しかない。他には灰皿とライターと小さい箪笥と冷蔵庫と壁にかかっている時計、それ以外何も無い、妙に殺伐とした家。 「取り敢えず、一服しよ。」 三人は車座になって座って、タバコを吸った。普段吸いなれたタバコではないが、ずっと禁煙を強いられてきただけに、少し、くつろいだ気分になった。 「やっと、生きた心地がしたよ。」 と、ジャイは煙と共に深いため息を吐いた。 小さな箪笥には、引出しが4つ。開けて見ると下の3段にはそれぞれ大きさや柄は違えど緑形の色のタオル。一番上の引出しには、流石にこれは緑ではなかったが、さまざまな種類の、高価そうな石鹸。 「...この家、エンタ側で作ったのかな。」 「いや違うと思う。」 スギの疑問にジャイが否定した。 「多分、相当変わった人が住んでいたんだと思う。だって...」 「だって?」 「そう思った方が面白いじゃん。」 「...まあ、石鹸とタオルがあったら体洗えるしな。ジャイ、シャワー浴びてこいよ。」 「いや、俺は最後に入る。二人が交代でシャワー浴びてる間に、ジーンズ洗うから。」 アロハシャツにトランクス一丁で、流しでジーンズの部分洗いをするジャイの後姿は、何だか滑稽だなと、スギは思った。 ここが戦場だという事を一瞬忘れそうになる程。 だが、次の瞬間、最初に感じた安堵感を思い出し、また、激しい後ろめたさに苛まれた。 「やっぱり石鹸でも血ってなかなか落ちないな。」 丁度ゆうぞうが浴室から出てきた。 「じゃあジャイ、悪いけど俺先にシャワー浴びてくる。」 「うん。」 スギは入れ替わりで浴室に入った。 「あー、さっぱりした。これで着替えがあればもっといいんだけどな。」 「まあ、贅沢言うなよ。俺なんてさ、ジーンズ破れた上にこびり付いた血、落ちないんだから。」 ジャイはジーンズの濡れた部分をタオルで押さえた後、椅子の背に掛けた。 「あ、傷、大丈夫か?」 「うん、もう血も止まったし。」 本当に傷は弾がかすっただけの様で、傷口はまだ完全に塞がっていない様だが、出血は治まっていた。 「取り敢えず、大丈夫そうで、良かったな。そうそう、何か冷たいものでも入ってないかな。」 ゆうぞうはワンドアの冷蔵庫を開けた。 「...確かに、中の物はキンキンに冷えてるな。」 「何が入ってるの?」 ジャイも冷蔵庫の中を見た。 冷凍室も野菜室も無い冷蔵庫の中には、びっしりと隙間無く、緑のラベルとキャップの、ワイルドターキーライが入っていた。 「酒、飲みたいのは山々だけど、今この状況で酔っ払うの危険だしね。」 「何本か抜いて、水冷やしておく?」 ゆうぞうはそう言ったが、 「いや、辞めた方がいい。いざここを逃げ出さなきゃいけなくなった時、ナップザックの中に水筒を入れる暇が無いかもしれないから。」 「そうだな。」 ゆうぞうはナップザックから水筒を出し、ぬるい水を飲み干すと、水道の水を入れて、しまった。 「そうそう、シャワー、ちゃんとお湯出るぜ。」 「わかった。それにしてもここに住んでた人、本当に緑色が好きなんだな。何か、俺迄緑色になっちゃいそうだ。」 「いっその事、ジャイ、髪緑色にしちゃえよ。」 「そーだね、気が向いたら。」 「それじゃロバートさんと被っちゃうよ。向こうもトリオだし。」 浴室から出てきた、スギがツッコんだ。 「痛ってぇ。しみる。」 ジャイはシャワーを浴びた後、床にタオルを敷いてその上に左腿を載せ、アルコールだから消毒代わりになるだろうと、ワイルドターキーライをかけた。 それから包帯代わりにタオルを巻き、ジーンズを履いた。まだジーンズは湿ってて気持ち悪かったが、いざって時に、アロハとトランクスで逃げ出す方がもっと嫌だ。 3人とも食欲は無かったが...食える時に食っておかないとってのと体力維持の為に、食料を食べた。食事というより、餌の補給といった気分だったが。 「何だか俺、ブロイラーになった様な気分だ。」 ゆうぞうがそう呟いた。 「あ、だったら俺、和牛がいい!ビール飲ませて貰えるし。」 ジャイは何時もの、良く言えば無邪気な、悪く言えば頭が足り無そうな笑顔で言った。 「どっちにしても、終いには食われるよ。」 スギがツッコんだ。 食事終えた時、もう夜の10時になっていた。 3時間ずつ交代で仮眠をとろうという事になったが、 「1人だとうたた寝するかもしれないから、先ず3人の内誰か1人が寝て、で、2人が見張りをして、3時間経ったら起きていた方のどっちかと代わって、でまた3時間経ったら今度は寝てない奴が寝るって事にしないか。」 スギはそう言ったが、 「否、俺空想している間は起きていられるからさ、」 ジャイの趣味は空想だ。 「だから先ずスギとゆうぞうが寝なよ。俺空想している間は絶対寝ないから。その後2人で見張りした方がいいと思う。」 「でも」 と言いかけたスギを遮るようにゆうぞうが言った。 「その方がいいかもしれない。ただジャイ、お前が先に寝ろ。」 「でも、俺、おぶってもらったし、そんなに疲れてないから。」 「いいから、先に寝ろ。」 「...わかった。悪いね。」 テーブルを窓の側に寄せて、外を見る様に2人はジャイに背を向けてその上に座った。 こんな状況で眠れるかよ、と、3人共思ったが、本人が自覚している以上に肉体的にも精神的にも疲労が激しかったらしい。ジャイは直ぐに寝息を立てた。 「ジャイ」 振り返って小声でゆうぞうは話しかけた。が、返事は無い。本当に熟睡しているようだった。 ジャイの足を引っ張っぱってはいけない。 その1点では、2人の思いは同じだった。 ただ、スギは、まだ後ろめたさに苛まれていた。 最初に感じた安堵感の事もあるが、汚いことを全て....殺人を全てジャイに押し付けてしまった事に。 そしてゆうぞうは、ゲームに参加させられたばかりの時の、外界にまるで反応出来なくなっていた様な時のジャイの事を考えていた。 あの時、お前は何を思っていたんだ。 沈黙に耐えかねて、ゆうぞうが口を開いた。 「あのさ、2人共黙ったままだとお互い寝ちゃうといけないからさ、オヤジしりとりやらない?」 「何だよ、そのオヤジしりとりって。」 「最後の言葉はオヤジで終わるんだよ。だから最初の言葉は"じ"か"じゃ"じゅ"じょ"でないといけない。例えば、ジャッキー・チェンの真似するオヤジとか。」 「そもそも俺達がオヤジだろ。」 「ええー、言うー。」 「何か、つまらなそうなゲームだな。」 「そんなこと無いって。絶対面白いって。」 5分もしない内に、2人は盛り上がっていた。時に大声になりそうなって、牽制しあう程に。 家の外への注意、と言うより、ジャイを起こさない為に。 そして、"し"しゃ"しゅ"しょ"で始まる言葉はNGワードだが、"じゃ"はOKだ。でもお互いに、暗黙の内に、ジャイと言う言葉は避けていた。 「ジャン・ジャック・バーネル風のオヤジ」 「えーっと...ジョーイ・ラモーンみたいなヅラかぶってるオヤジ。って、もう、3時間経ったな。」 3人の中で、一番几帳面なゆうぞうが気付いた。 ジャイはあどけない顔で眠っていた。 「何だか、起こすの、可哀想だな。」 「でも、俺達も休まないとね。」 ジャイの足を引っ張らない為に、体力温存しておかないと。 ゆうぞうがそっとジャイを揺すると、さっとジャイは目を覚ました。 「あ、ゆうぞう。」 「大丈夫か?」 「うん、熟睡した。」 「そうか、悪いけど...」 「大丈夫だよ。」 「空想に夢中になりすぎるなよ。」 「わかってるって。」 窓辺のテーブルに座っているジャイの後姿を見ながら、何を空想しているのだろうと、ゆうぞうは思った。 ジャイの空想癖は知っていた。昨日今日の知り合いじゃないんだし。ただ、どうせ碌な事考えてないだろうと思って、何を空想しているのか、聞いた事は無かった。 ただ、ゆうぞうもスギも本人が自覚している以上に疲れ切っていた様だ。すぐに2人は寝息を立て始めた。 さっき迄、怖ろしい夢を見ていた。 皆で殺し合いをしなきゃいけなくなって、で、俺が人を何人か殺す夢。 それが本当に夢だったら良かったのに。 ジャイはかぶりを振った。 他の事を考えよう。例えば...以前ここに住んでいた人の事。 多分、アル中だったんだろうな。バーボン以外、口に出来るもの無かったし。 緑色が好きで、タオルと石鹸のコレクションをしてて。 多分、男だろうな。 「コツン」 ジャイの空想を破る様に、窓ガラスに小石がぶつかる音がした。

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