なんの前触れもなくそいつは飛び出してきた。 「塚っちゃん!」  先に気付いた鈴木が塚地に呼び掛けながら立ち上がり、襲撃者とは反対の方向へ地面を蹴る。塚地もそれに倣おうとするが、トップギアで射程圏内まで突っ込んできた男は、塚地が立ち上がるより先に自らの武器を振り下ろした。 「うわっ!」  体を傾け間一髪で避ける塚地。襲撃者の武器である牛刀は彼の左耳を掠め、背後の木に突き刺さる。その隙に塚地は腰を浮かせた。  しかし、両足に体重が乗りかけた瞬間に再び牛刀が振るわれる。首を狙った横薙ぎ。咄嗟に後ろに反った塚地は、回避こそ成功したものの、そのまま地面に尻餅をついた。  塚地を見下ろしながら、男は静かに、とどめの一撃を放とうとする。 「待てっ!」  その声に襲撃者は顔を上げた。視線の先で、鈴木が吹き矢を構えていた。  膠着状態のまま、荒い呼吸が交錯する。 「なあ――」  先に口を開いたのは、塚地。 「――お前確か、コンビ組んでたよな?」  塚地は増井の瞳をじっと見た。  増井は動かない。牛刀の切っ先を塚地に向けたまま、冷たい輝きを放つ瞳で、どこか虚ろに塚地を見ている。  塚地は乱れた拍動を抑えつけるように呼吸した。  瞳は逸らさない。怯えてしまったら、負けだ。 「コンビなのに、どうして一人で襲ってきたんや」  増井は無言のままだ。  しかし瞳の奥が、微かに揺らいでいる。 「お前の相方……殺し合いなんて、望んでへんのとちゃうか?」 二対一と二対二、どちらがより勝率が高いかなど、考える間でもないだろう。  不意打ちを狙うにしても、この状況で攻撃を仕掛けてこないのはおかしい。二対一で保たれているこの均衡を崩せば、向こう側の勝ちは確実なのだ。しかし、増井の相方は動かない。  ならば、賭けるしかないだろう。ハロが見せた、唯一の綻びに。 「望まない殺し合いで生き延びたって、後々辛くなるだけや」  増井の瞳が塚地に焦点を結ぶ。狂った殺戮者のものではあり得ない、澄んだ色の瞳。 「お前には、俺らを殺す理由があるんか? そうまでして生き延びるだけの理由があるんか?」  例えば、塚地にとってのお笑いのように。  鈴木にとっての妻子のように。  増井は、唇の端を僅かに歪めた。どうやら、笑ったらしい。しかしそれは、甘いマスクには似合わない、自虐的な笑みだった。 「――謝られるのが嫌だったんですよ」 「え?」  どこかずれた増井の答えに、塚地は途惑う。しかし増井は、塚地の事など気にも留めない様子で語り続ける。 「竹内くんは悪くないんだから、責任なんて感じて欲しくなかった。自分の不運のせいだなんて、そんなのあんまりじゃないですか」  本当はそんな綺麗な理由じゃなくて、一緒にいると辛くなりそうだとか、いつか竹内を責めてしまいそうだとか、やっぱり竹内を恨む気持ちが消せないだとか、色々なものが心の中に渦巻いているんだけど。  でもそれは自分の内側にだけあればいい。  どうせ“犠牲”になるのなら、エゴよりコンビ愛の方がいいでしょう? 「塚地さん」  増井は牛刀を持った右手を、きつくきつく握り締める。 「僕が求めてるのは、生き延びる理由じゃない」
 ――死ぬ理由ですよ。
牛刀は塚地の首に向かって、ゆっくりと落下を開始した。

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