「じゃ、頑張って、吉田」 「お…俺なの?」 阿部は吉田の背中をグイと押した。二、三歩前につんのめりながらも持ちこたえ、阿部を肩越しに横目でじろりと睨みつける。 「はっ、何で俺な訳?」 「見りゃわかるじゃん。俺の武器は小斧、お前はライフル。」 ゆっくりとそれぞれの鞄に入っている武器を指差す。 「だから、吉田がやってよ。」 「やだよそんなん。阿部君が言い出した癖に。これ貸すからさ、」 吉田がライフルを阿部に差し出すと、阿部は冗談じゃないと言った風に手を後ろに組んだ。舌打ちをして阿倍の手を無理矢理取ろうと腕を伸ばすと、「何だよ」と乱暴に払い退けられた。暫く銃の押し付け合いが続いた。 「嫌なら何で「殺しちゃう?」とか言うんだよ。」 「吉田がやってくれるかと思ったから。」 「!」 「やってよ、ねえ、やってってば。」 その言葉に吉田は面食らった。「この自己中…」そうぼそりと呟くと、観念したように銃を構えた。幸い獲物はまだ逃げていない。気付く素振りも無いようだ。 静かな森に、ガチン、と撃鉄のはずれる音が響いた。 (頼むから、気付け…!早く逃げてくれよ…!早く、早く…!) 吉田は人殺しなんかしたくなかった。自分が撃ってしまう前に、早く陣内に逃げて欲しかった。だが運の悪いことに、その願いは届かなかった。 「ちょっと何してんの…。早く撃ってよ。」 後ろで阿部が痺れを切らして急かす。少し怒っているような口調だった。吉田の銃口は確実に陣内の背中を狙っている。だが一向に引き金を引こうとしなかった。 「わ、分かって……」 “分かってる”、そう言おうとした吉田の口の動きが止まった。 「どうしたの。」 吉田は目を堅くつむり、唇をきゅっと結ぶと、ゆっくり銃口を陣内からずらした。 「……阿部君。」 「何…?」 「俺と、心中しない?」 小さな、少し震えた声で、吉田は阿部に懇願した。人は殺したくないが、相方が人を殺す所も見たくなかったのだ。二人の間を生暖かい風が吹き抜けた。阿倍の長髪がばさばさと揺れ、顔を覆う。表情が読み取れない。 ―――暫しの、沈黙。 「ふっ…」 阿部が、重い口を開いた。 「死んでも嫌だ」 口元をいびつに歪ませて笑った。 吉田は一気に絶望感に襲われた。何て事だろう。阿部も、このくだらない殺し合いに、まんまと飲み込まれてしまった。こういうゲームでは、壊れてしまった方が負けだということを、吉田は知っている。 これから、俺たちはどうなるんだ―――? 誰か、戻して、元に戻して。誰か、誰か、誰か誰か誰か…!!! 「貸せよ、もういい。俺がやる。」 阿倍の声に、現実に引き戻される。阿部が銃を奪おうと掴みかかってきた。 「だ、駄目だ!」 それを必死で払おうとする吉田。 「俺がやってやるって言ってるだろ。寄こせよ!」 「寄こさない!」 さっきとは反転、今度は銃の取り合いとなった。 「邪魔すんな…!」 「嫌だって―――――…あっ!」 だああん。と大きな銃声が森中に響いた。銃が暴発したのだ。頭上からパラパラと木の枝や木の葉が降ってきた。木に停まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。 「うわあっ!何!?何なん!?」 陣内がやっと吉田たちの存在に気付く。一瞬、目が合った吉田は「逃げて」と口パクで伝えた。もちろん阿部に気付かれないためだ。 陣内はこくこくと首を縦に振ると背を向けて奥に逃げていった。 「…逃げられちゃったな。」 阿部がやや悔しそうに呟く。隣で安堵の溜息を吐く吉田を上目遣いで睨むと足下に落ちていた銃をさっと拾い上げた。 「追いかけて、次は必ず殺さなきゃ…」 「あ、阿部君っ」 いきなり駆けだした阿部を少し遅れて吉田は追いかけた。

吉田は阿部を追いかけていた。じめじめした、少しぬかるんだ地面の森だった。垂れ下がった木の蔓や低く突き出た太い枝が邪魔でしょうがない。 阿部は少しかがんだだけでも通り抜けられるのだが、180以上の身長を持つ吉田は何度も頭をぶつけそうになった。その度に立ち止まり、なかなか阿部に追いつくことができない。 ああ、畜生。何だってこんな事に。面倒くさい面倒くさい面倒くさい。家に帰してよ。 それでも吉田は走り続けた。がさがさと、草を掻き分ける音や枝が折れる音が森の中を駆け巡る。 どのくらい走ったのだろう。たった5分かもしれないし、一時間かもしれない。 ただ、阿部の走るスピードが急に落ちてきたのは確かだった。疲れてきたのだろうか、それとも陣内を追いかける事を諦めてくれたのだろうか。どっちにしろこれで阿部に追いつける。 (まったく。運動せずに、食べてばっかいたからすぐ疲れるんだ。) 心の中で悪態を突くと気力を振り絞って阿部に飛びかかった。まず腕を掴み、振り向こうとしたところをそのまま自分の方へ引き倒した。 どしゃ、と少し間抜けな音を立てて二人は地面の上に折り重なるようにして倒れた。 「はぁ、はぁ……うぇっ…!」 久しぶりに全力疾走したのが災いし、吐きそうになるが何とか我慢する。 「…コンパスの長さが違うんだ。俺を引き離すなんて無理だよ。」 吉田は上半身を起こし、荒い息を整えながら阿部に話しかけた。 「……………」 ぽたぽたと汗を滴らせ、うつむき地面に手を突いて微動だにしない阿部。ぜえぜえと苦しそうな呼吸音だけは聞こえるが、その口からは何も発せられない。 右手には未だしっかりと銃が握られている。これではこっそり銃を奪い取ることも無理そうだ。 吉田は初めて自分たちのいる場所を確認した。 「ここは…」 気付かなかったが、半径5メートルほど、周りの草が綺麗に刈りとられ小さな広場のようになっていた。その中央に切り株、隣には積み上げられた薪。そして、目の前には大きな煉瓦造りの釜戸がそびえ立っていた。 わざとらしい、と吉田は思った。これも番組が遊び心か何かで用意したものだろうか。これでコントでもやれってか? 走った事ですっかりフラフラになってしまった足を引きずり、釜戸の前に立つ。煉瓦を手の平でゆっくりなぞるとパラパラと石の粒が降ってくる。 ふと、目の前の煉瓦の壁、自分の影に重なるようにもう一つの影が表れた。 髪の長い、小柄な人物の影。さっきまで地面にはいつくばっていたはずの… (―――阿部く…) それを悟った瞬間、がちゃり、と後頭部に固い物が突きつけられた。考えるまでもない。銃だ。一瞬身体が強ばるが、首輪の連動の事を思い出し、なるべく落ち着いた口調で話し始めた。 「…何すんだよ。」 「それはこっちの台詞。なに逃がしちゃってんの。」 ぐっ、と銃を押しつける力が強くなった。 吉田はあくまで冷静を保とうとした。大丈夫、俺が死ねば阿部君も死ぬんだから、撃つなんて真似絶対しないはずだ。少なくとも向こうもまだ死にたくはないだろうから。 「っと、危ない危ない。相方は殺しちゃまずかったんだった。」 あはは、と力無く笑う阿部の声に多少の怒りを覚える。やっぱり殺すつもりだったのか!不謹慎だが首輪連動のルールのために生き長らえたことにほんの少しだけ感謝した。 「あーでも吉田は連れて歩くのには邪魔だな。…もう置いてくか。」 頭に突き付けられていた銃の感覚が消えた。その一瞬を突き、急いで振り向こうとしたが。 阿部の手が吉田の頭を掴む方がわずかに早かった。それほど大きな手でもないはずだったのに、もの凄い力だった。ギリっ、阿部の短く切りそろえられた爪が皮膚に食い込み、吉田は小さな呻き声を上げた。 いきなり後ろに引っ張られ、壁から少しだけ額が離れる。一呼吸置いた、次の瞬間――。再び目の前に壁が迫った。 ―――ガツンッ 鈍い、音がした。びりびりと衝撃が走る。 頭を切ったのか、血が額を伝う。その血はぶつけられた壁にも飛び散っていた。 力が抜け、ずるずると壁にもたれかかるようにして地面に崩れ落ちた。 「ま、これくらいじゃ死んだりしねえよな。…ごめんな、吉田。俺ひとりでも頑張るから。」 ぼやけた視界に阿部の靴が映った。脳震盪を起こしたのか、身体が動かない。 「でもこんな所に転がしておいたらまた追いつかれるな。ひょっとしたら誰かに殺されるかもしれないしー…」 ぶつぶつと阿部が何かを言っている。 「聞いてる?……まあいっか。」 ふいに、阿部が後ろから吉田の大きな体を持ち上げた。「重っ」と小さな声がした。 そのままずるずると吉田の身体を引きずると、片足で釜戸の扉を蹴り開けた。ギイイ…と重い音を立ててさび付いた扉が開き、大きな穴が姿を現した。 「結構でかいじゃん。よかった。」 そこまで言うと、吉田をその中に放り込んだ。 「この……痛いってば…」 段々意識を取り戻してきた吉田が起きあがって来ようとする。阿部が慌てて脚で蹴ってさらに奥へと吉田を押し込んだ。 「おま…ちょっと、…待って、待てよぉっ」 手を伸ばしたが、もう遅すぎた。 ばたん。鉄の扉が閉じられ、視界は真っ暗に染まった。狭い上に、暑くて堪らない。 「阿部君、ここから出して。」 「だめ、お前はずっと此処に居ろ。うーんそうだな、陣内さんが死んだら、また戻って来てやるよ。」 「…ふざけんなよ。」 「うっせぇなぁ…」 途端、「ガチャ」と嫌な音がした。まさか、鍵までかけたのかよ!? 「あ…阿部君。阿部君!」 狭い空間のなか何とか身体の向きを変え、扉を叩く。 足音が遠くなった。あいつ、本当に陣内さんを殺す気かよ。冗談じゃない。阿部君が誰かを殺したら、絶対に今よりもっとおかしくなるに決まってる。 それだけは、自分が止めないと、…いけなかったのに。 「阿部君、……くそぉっ!!」 暗闇の中、吉田は頭の痛みも忘れ声を荒げた。

本編  進む

回 ◆Tf0aJzcYy.
SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO