月明かりと、もう目が慣れてきた事もあって、二人の表情が、さっき迄の勝利を確信したような笑顔とうってかわって、凍り付いているのがよくわかった。それを見て、ジャイは確信した。 同時に激しい憤りを感じた。あたかもスギとゆうぞうを人質に取ったような手を使った二人に対して。そんな稚拙な手に引っかかった自分に対して。 が、激しい感情を抑えようと、ジャイは何時もの、無邪気とも馬鹿とも取れるような笑顔を浮かべた。 「確かに、一度しか使えない武器だね。」 「ち、違うんだよ...ただ、びっくりさせようと思っただけなんだよ。まさか、竹槍があったなんて...」 小男は苦しい言い訳をした。 「今、君この穴のか見てないよね、なのに何で、竹槍の事知ってるの?君、エスパー?」 小男は恐怖のあまり、さっきジャイから奪った拳銃の引き金を引いた。が、恐怖のあまり闇雲に撃った拳銃の弾。避ける迄も無かった。 ジャイは小男の右手を撃った。 「うっ!」 弾かれた様に小男が手放した拳銃は弧を描いて茂みの中に落ちた。 「ひっ、卑怯だぞ、二丁も拳銃持ってるなんて。」 「僕と君じゃ、卑怯の概念が違うみたいだね。それよりさあ、僕彼に拳銃あげたよ。取引成立だよね。僕にリモコン、頂戴。」 「お、俺はリモコンを持ってるんだぞ。このポケットには、リモコンが入っているんだぞ。嘘じゃないぞ。それ押したらどうなるか、わ、わかっているだろうな。」 ジャイは確信を強めた。 「それはわかったよ。僕早くお友達の所に帰りたいんだ。」 「俺はリモコンを持っているんだぞ、俺はリモコンを持っているんだぞ、俺は...」 大男は壊れた玩具のロボットの様に、言い続けた。 オレハりもこんヲモッテイルダゾ 「じゃあ取引の前に、君のお友達楽にしてあげようか。」 ジャイは、撃ち抜かれた右手を押さえて、横たわりうめき続ける小男の延髄を撃った。 「俺はリモコンを持っているんだぞ、俺はリモ...」 大男の首輪が炸裂した。

ビック・スモールン死亡
【残り42組】


人の脳は死体を見るのを嫌がる様に出来ている。 前に何かで読んだ事があるけど、とジャイは思った。それって、本当だな。 ましてや、死体に触るのなんて嫌だ。ジャイはまた震えそうになるのを堪えながら念の為に大男のポケットに手を入れた。大男の手が、自分の手に触れた。ぐにゃりとした、力の抜けきった死体の嫌な感触。 案の定、ポケットに入っていたのは男の手だけで、リモコンは無い。ただのハッタリだった。 「それにしても...どうやってこんな落とし穴を作ったんだ?」 傍らにおいてあった、二人のナップザックを探った。それぞれのナップザックから出てきた地図を見る。一枚は自分の地図と全く変わりはなかったが、もう一枚は一ヶ所だけ、違っていた。 落とし穴、そう書き込まれて丸印がつけられている。丁度、この場所だ。 そう、彼らが作ったんじゃない。エンタ側で用意した武器だ。 「こんな武器もあるとはね。」 おそらく、双眼鏡とこの地図以外の武器は無いだろう。ジャイは、ポケットの中を探るときに付いた血を、大男の服で拭うと、さっき小男が茂みに落とした拳銃を拾い上げた。 一刻も早く帰らないと、と走り出し...でもずっと走っていると疲れるので所々歩きながら...二人の元へ向かった。 まあ自分の首輪が炸裂していない以上、二人が生きていることは確かだ。そういう意味でなら、この首輪は便利だなと思った。 それから...さっきはつい激怒したけど、わかってるさ、俺だって、あんな武器を渡されたらあんな手を使ったかもしれない、と。 スギは夢を見ていた。 緑の部屋、緑のテーブルを取り囲むようにして、三人で立っている。テーブルの上には、拳銃が一丁、置いてある。 「今日は三人にちょっと殺し合いをしてもらいます」 どこからともかく、そんな声が聞こえる。 これは夢だ。現実も酷いけど、現実よりも酷い悪夢だ。だから早く覚めないと。 スギはこれが夢だとわかっていた。早く目覚めたいのに、夢の中の自分の体が、全く自分の思う様に動かなかった。 「俺は降りる。俺は人を殺すなんて嫌だ。」 ゆうぞうが言った。 ジャイは拳銃を手に取ると、ゆうぞうに向けた。 「ジャイ、お疲れちゃん、それから、ありがとちゃん。」 銃声と共にゆうぞうが崩れ落ちる様に倒れた。 それからジャイはスギに歩み寄り、拳銃を向けた。銃口ではなく、持ち手の方を。 「わかってるよね、スギ。」 ジャイは何時もの笑顔で、スギの眼を見て言った。 これは悪夢だ。早く覚めないと。でも、夢の中のスギの手は、拳銃を受け取り、ジャイの肩を引き寄せて、こめかみに銃口を当てた。 何故だ?何故俺の夢なのに、俺の思い通りに体が動かないんだ?俺は何をしているだ?! 「スギ、心を揺らさないで。」 ジャイはそう言って、笑顔のまま目を閉じた。 引き金を引くな! 銃声と共に、ジャイが腕の中で崩れ落ちた。血と、もう力の無い肉の、ぐにゃりとした嫌な感触。 これが安堵感の代償なのか? 「スギ!おい、スギ!」 やっと目を覚ます事が出来たスギは、自分を揺さぶるゆうぞうの腕を握り締めた。 生きている人間の腕。夢にしては妙にリアルな死体の感触を振り払う様に。 「嫌な夢でも見たのか?随分うなされてたぞ。」 「あ...まあ。」 夢の内容を、話す気にはなれなかった。 「起こしちゃった?」 「うん、お前のうなされる声で目を覚ましたんだけど、返って良かったよ。」 「え?」 「ジャイがいない。」 この状況で、黙ってジャイが一人で出て行くとは思えない。しかも拳銃が二丁共無い。 「多分、何かに巻き込まれたんだ。」 スギが言った。 「探しに行くか?」 「いや...もう少しで待とう。はぐれるとマズイ。それに俺達が生きている以上、ジャイも生きているはずだ。」 ジャイはドアに耳を当てて、二人の会話を聞いていた。そして二人の無事を確認し、ほっとした。 所々歩いたとは言え走って戻ってきた。汗もかいている。 二人に何かあった事を悟られたくない。呼吸を整え、汗が引くのを待った。夜風が、心地よかった。 二人がやっぱりジャイを探しに行こうといった頃、ジャイはドアを開けた。 「ジャイ!」 二人は叫びそうになったが、小声で言った。 「あれ、起きてたの?」 「何...してたんだよ。」 スギはなるべく声を震わせない様に、聞いた。 「いや...外でがさごそ言う音が聞こえてさ、それで拳銃を二つとも持って外に出たんだ。そうしたら茂みの中に猫がいてさ、人懐っこい猫だったんで一緒に遊んでいたんだ。」 二人共、ジャイの、常軌を越した天然は嫌という程知っている。とは言えいくら何でもこの状況で、そんな事をするわけも無い事もわかっている。ただ、言いたくない事があっただけはわかった。 「それじゃ、仕方ないな。ただ、次からは、誰か起こしてから、外に出ろよ。どんな形でもいいから」 ゆうぞうが言った。 ジャイだっていくら何でもこの嘘は無理があると思ったが、二人がこの嘘に乗ってくれた事に、ほっとした。 「シャワー浴びてきていい?すぐ、済ますから。」 「ああ。」 シャワーを浴びた程度じゃ落ちない死体の感触。でも、少しでも、洗い落としたかった。それでも、どうしようもないのに。 ジャイが浴室に入ると、ゆうぞうはジャイの靴をタオルで拭き出した。 「これ、ジャイには言うなよ。」 「ああ。」 ジャイのスニーカーには、土と血が付いていた。 「それからスギ、俺が勝手に勘ぐってるだけかもしれないけど...あんまり自分を責めるな。」 「...ああ。」 それから、一番心を揺らしているのは、俺でもゆうぞうでもなく、ジャイかもしれない、そう思った。
浴室から出ると、ジャイはタバコに火を付けた。 「まだ三時間経ってないから、二人共寝なよ。」 「嫌だ。」 思わずスギはそう言った。 「いや...よくは覚えていないんだけど、怖い夢を見て...今寝たらその夢の続きを見そうだからさ、俺が起きてるから、ジャイとゆうぞうが先に寝てくれないか。」 「俺、付き合うよ。」 ゆうぞうが言った。 「だからジャイが寝て、三時間経ったら交代しよう。スギ、オヤジしりとりの続きをやろう。」 「何それ?」 「今度教えてやるよ。」 「何か、つまらなそうなゲームだな。でも、悪いね、俺ばかり寝て。」 「三時間経ったな。」 オヤジしりとりを中断して、ゆうぞうが言った。 もう、朝日が昇り始めていた。 全てから逃避するかの様に眠るジャイを起こすのは心苦しかったが... スギはジャイを軽く揺すった。生きた人間の肩。夢で見た、自分が殺した人ではなく、生きているジャイ。 「ん...ああ、もう三時間経った?」 「悪いね。」 スギとゆうぞうはジャイと交代して、横になった。 「また、三人でコントやりてぇな。」 ゆうぞうは、そう呟いた。 「うん。」 ジャイは、無邪気な笑顔で答えた。 「スギ、ゆうぞう。」 ジャイは小声で声をかけた。返事は無い。二人共、スギも悪夢の続きにうなされる事なく、熟睡している様だ。 俺は後何回引き金を引けばいい? 磁石の永沢から奪った拳銃は同じタイプの物らしい。奪った弾も最初から持っていた拳銃の銃創にぴったりとはまった。だから当分弾切れの心配はしなくても良さそうだ。 俺の空想から出てきた様な拳銃だな、と、ジャイは思った。 最初に握り締めた時から、妙に手に張り付くような感じがした。さっき握り締めた、永沢から奪った拳銃からはそんな感じは全く無く、違和感しかなかったが。 まるで、俺の体の一部の様に... 「違う。」 ジャイは心の叫びと相反して小さく呟いた。 これは拳銃だ。俺の一部じゃない。俺じゃないんだ... 銃口をこめかみに当ててみた。勿論引き金を引く気は無いし、安全弁もかけてある。 それでも、背中に冷たいものが走った。今の俺には自殺する権利も無いんだ。 気なら、もうとっくに狂いそうだった。でも今狂うわけにはいかない。 「意気地無し!」 コントで、自殺しようとしている自分が、ゆうぞうに言った台詞を思い出した。 最初にヒロシさんを殺した時、俺はヒロシさんが怖かったんだ。あの時のヒロシさんは、まるで生きている感じがしなかった。 でもヒロシさんは大切な者を失った。ヒロシさんが山田さんの分まで生きようと考えたら、山田さんの仇を討とうと皆殺しを考えたら...そう思ったら怖かったんだ。 「また、三人でコントやりてぇな。」 さっきのゆうぞうの言葉、前なら素直にそう思えただろう。人を殺す前なら。 もしここを生きて出られる事が出来たら、今まで通り、何も無かったかのようにコントが出来るだろうか。 今まで通りの俺として生きていけるのか... 散々人を殺しておいて図々しいかもしれないけど、自分の空想の世界の中で生きていこうか。もう、それ以外、何もしないで。 ジャイはかぶりを振った。 迷うな。俺はもう河を渡った。最初に決心したはずだ。先の事は考えるな。 ジャイはタバコに火を付けた。そして、朝日を見ながら、以前ここに住んでいた人の事を考えた。

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