「おい、大丈夫か?」  柴田が声を掛けると、竹内は俯き加減だった顔を慌てたように持ち上げ、大丈夫です、と答えた。  先程から竹内の意識は途切れがちになっていた。服は広範囲が紅く染まり、地面にも点々と血痕が続いている。  間に合わないのか……。  絶望が、心の奥底から這い上がってくる。 「いや、俺が諦めてどうするんだ」  隣の竹内は、こんな体でここまで歩いてきたのに。  バトルロワイアルという最悪のゲームの中で、それでも希望があるという事を、柴田は信じたかった。そうしなければ、自分が崩れてしまいそうだった。  山崎は焦っていた。  早く増井を見つけなければ――。  人を救えるという事、自分が正義であるという事が、柴田を支えているのは明白だった。これ以上自分の関わった人が死ぬのは、柴田にとって酷すぎるだろう。  祈るような気持ちで前方を睨み続けた、その時。 「あれ……人?」  山崎の視界に、人影らしきものが入った。  歩みを止める山崎。柴田と竹内も、目を凝らして前方を見た。  人数は、3人。  しかしここからでは遠すぎて、その人物はおろか、状況すらも掴めない。 「竹内くん――」  判断を仰ぐように傍らの竹内を見た柴田は、息を呑んだ。  竹内の表情は明らかに変化していた。見開かれた瞳、そこには失われかけていた輝きが戻っていた。 「……増井、さん」  呟く竹内。山崎と柴田ははっと視線を前方に戻すが、やはり二人には、人物の見分けはつかない。  しかし竹内は、他でもない増井の相方は、その人影の一つが増井であると確信していた。  柴田の肩から左腕を外し、増井は自らの足で大地に立った。限界が近いはずの体は、それでも倒れたりはしなかった。  右腕を斜め前方、山崎のナップザックへ伸ばす。そこには増井から竹内へ手渡された武器、メガホンが引っ掛かっている。  メガホンを手に取り、口元に宛がう。  そして、苦しいくらいに息を吸い、全身全霊をかけて、彼は叫んだ。  相方の名を。
「増井――――!」
 声が、聞こえた。  ここにいるはずのない人物の声。  ありえないとわかっているのに、振り向いてしまう。  30度、60度、90度。視界の回転は、じれったいくらいに緩慢だ。  そして、120度を通過した瞬間。  小さな痛みが走った。  マフラーより少し上、頸と頭の、ちょうど境目に。  そして何故か、全身の力が奪われる。腰を捻った勢いのまま、ゆっくりと後方へ向かって、増井の体は倒れていく。  鼓動がテンポを崩し、息を吸う事すらも出来なくなって、意識は徐々に遠のいていった。
 ――これで、良いんだ。  増井は最後になるかもしれない息を吐いた。  これでハロの死ぬ理由は、竹内の不運ではなくなる。増井のせいになる。ただそれだけのために、ドランクドラゴンを利用したのだ。どうせ返り討ちにされるなら、人気芸人の方がいいと――。  そう、増井は初めから、殺されるつもりだった。 「増井さん!」  再びあの声が聞こえた。自分が一番聞き慣れた、相方の声。耳も既に機能を失い掛けているはずなのに、その声だけは、しっかりと拾っていた。  ――ああ、やっぱり、エゴなんだろうな。  意識が浮遊するような感覚を味わいながら、増井は思う。  だって、竹内を置き去りにしたのは自分なのに。  僕の顔は今、きっと微笑んでいる。
竹内はゆっくりとメガホンを下ろした。  叫び声の余韻もゆっくりと消え、後には静寂だけが残される。 「竹内くん……」  沈黙に耐えかねたのはどちらだっただろう。  先に呼び掛けたどちらかの声は、突如鳴り響いた電子音に遮られる。  その音は、竹内の首輪から発せられていた。 「うそ……なんで……」  震える手を首元にやりながら、竹内はゆっくりと膝を着く。 「なんで増井さん、先に死んじゃったんだよ……」  やっと、会えると思ったのに。  謝れると思ったのに。  どうして――?  絶望に染まった世界を拒絶するように、竹内は瞳を閉じた。  そして、爆音。
――気が付くとそこは、眩しいほどの白に覆われた世界だった。  そう、まるで雪のような。
「竹内くん」  名を呼ばれて顔を上げると、自分に向かって差し伸べられた手が見えた。  そしてその先には、見慣れた顔。
「増井さん……どうして」
 二度と会えないと思っていたのに。
「竹内くんが呼んだからだよ」
 ――だからわざわざ待っていたんだ。
 そう答える増井の顔に、あの時の冷たさはない。ゲームが始まる前の、いつもの増井だった。
「ほら、今度こそ、一緒に行こう」
 ――コンビとして、さ。
「ああ!」
 増井の手を借りて立ち上がりながら、竹内は考える。
 こいつが自分の相方で良かった。  オレってやっぱり、ツイてるんだな。

【ハロ――死亡】
【残り――41組】



柴田と山崎は沈黙したまま、動く事が出来なかった。  二人の視線の先には、首から大量の血液を飛び散らせた竹内の死体。  首輪の爆発が、彼の命を奪ったのだ。 「しば、た……」  震える声で相方の名を呼びながら、山崎は目を背けようとする体を無理矢理動かし、ゆっくりと隣を向く。  人は希望を打ち砕かれた時、こんな表情をするのだろうか?  柴田は、十年来の相方である山崎でさえも見た事のない表情で、どこか遠くを見詰めていた。  ――まさか。 「柴田!」  山崎は慌てて腕を伸ばしたが、既に遅かった。柴田は前方の人影に向けて走り出していた。  その手にサブマシンガンのグリップを握って。  竹内の言葉を信じるならば、そこには増井と、あと二人の人間がした。  その二人が増井を殺したのだ。  辿り着くまでに数秒と掛からなかった。  竹内は正しかった。確かにそこには増井がいて――死んでいた。  外傷はほとんどない。しかし髪の間からのぞく吹き矢が、彼の死因を物語っている。 「どうして……」  全身が震えている。  怒りか、悲しみか、それとも――これが、絶望なのか。 「どうして殺したんだぁっ!!」  柴田はサブマシンガンを構えた。  ドランクドラゴンに向けて。

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