『退屈だな…』 男はそうひとりごちた。 この悪魔のようなゲームが開始されてから幾日かが過ぎた。今なおこの島では芸人達が殺し合いをしている。そう考えると、心臓がドキリとした。 決していい番組とは言えなかった。この番組が“芸人殺し”と揶揄されているとの男は知っていたし、実際男もそう思っていた。芸風はそれぞれの芸人が作り出すものであり、たとえTV関係者であってもそこに踏み込むべきではない、と。 しかし今となってはあの頃の番組構成に文句一つない。それどころかエンタの神様が文字通り“芸人殺し”と化しているのだ。 どこからか銃声が聞こえた気がした。『そういえばやる気になっている芸人も多いときいたな…。』 そこまで思考が及ぶと自らの意志に関係なく体が震えだした。さっきの銃声でまた誰か死んだのだろうか。自分の荒い息づかいが聞こえる。震えが止まらない。暗闇の中男の奥歯がカチカチと響いた。 駄目だ…狂ってしまいそう… こんな絶望的な環境の中男がかろうじて正気を保てているのは彼が他の芸人達と違いこのゲームに参加していないからだった。 そのことを考えると男の激しい動悸がだんだん穏やかになっていく。 別段今日が暑いわけでも、体を動かしたわけでもないのに気づけば男は大量の汗を流していた。 『そうだ…。俺は人を殺める必要はないんだ…。』 万が一のことを考えて。とプロデューサーから手渡された無機質なサブマシンガンを握りしめてはいるものの、男はこれを使うことはないだろうと思っていた。 まさか直接本拠地の廃校に殴り込みに来る馬鹿なヤツはいないだろう。 それが無駄死にだということぐらい彼らだって分かっているはずだ。 男はフゥッとため息をついた。 『全く…俺たちは廃校の警備で気が狂いそうだってのにプロデューサーは安全な所でゲームの鑑賞か…』 ニヤニヤしながら画面を見るあのプロデューサーの顔が浮かぶようだ。 『クソ食らえ』 男はそう吐き捨てるとあることに気がついた。 この廃校の警備(男は東ブロックを担当している)は二人一組であたるようになっている。 男のパートナーはさっき用を足してくると言って去っていった。しかし20分たった今、まだ戻って来ないのはおかしいではないか。 『まさか…あいつやられたんじゃ……』 男は頭を振った。そんなわけないじゃないか。 プロデューサーによれば本拠地である廃校の周囲はゲーム開始から禁止区域とされているらしい。つまり彼ら芸人達はあの首輪がある限り廃校に近づくことは出来ない。 パートナーは確かに鈍い奴だが、いもしない人間に殺されるほど間抜けじゃない。 『考えすぎだな…』 男は口に出して言った。どうせ思ったより大物だったんだろう。何、心配することないさ。 しかし男の額には冷や汗が浮かびつつあった。 でもこれは遅すぎないか?普通トイレに20分かけるか?まさか…まさか…… 銃を握る手に力が入る。またもや男の胸は動悸を打ち始めた。頭の中で警鐘がなっている。男の奥歯がカチカチカチカチと音をたてる。 ヤバい…。この音を聞いてパートナーを殺した奴がやってくるかも……。 そうは言っても男の震えは止まらない。銃を握る手が血ににじんできた。 止まれ!!止まれって!! 男は心の中で叫んだ。さすがに口に出して叫ぶほど正気を失ってはいなかったが、果たしていつまで正気が保てるか…。 しっかりしろ。 男は言い聞かせた。 連中のあの首輪がある限り俺らは安全だ。 あいつがやられるわけないじゃないか。 疲れてんだな。俺。だからいろいろ考えちゃうんだよ。 とにかく落ち着こう。そうでなくても気が狂いそうなのに 大丈夫…大丈夫だ…… あの首輪がある限り連中は俺には出だし出来ない。 そう
あの首輪さえあれば
後ろで何かが動いた気がした。体がビクッと反応する。 振り返って見たがそこには誰もいないようだ。いや、もうそこにはいないようだった。 誰かいる。 パートナーか?そうだとしたら悪い冗談だ。 そう思いながらもそんな可能性は万に一つもないことぐらい男は理解していた。 ひどいことに今俺が感じている気配は敵のものだ。それにもっとひどいことにその誰かは俺を殺そうとしている。 体全身が総毛立つ。ドッドッドッドッと心臓が波打つ。 極限状態の中男は乾いた唇を湿らせた。 どこだ? もはや男の心臓は限界に近かった。頭がくらくらする。 敵は臨戦態勢に入っているのか、まだ移動しているのかそれさえもわからない。 そんなことを考えている内に首もとをかっ切られてしまうかもしれない。 『どこだ?』 次は口に出して言った。しかし口から出るのは震えた力のない頼りない声。 それを嘲笑うように周囲の木々は風になびき、さわさわと音をたてる。 普通ならこの音に安らぎを覚えなくてはならないだろうが、今の状況下では敵の足音を消す不快なノイズ。 男は汗を浮かべた手をサッと拭い2・3大きく深呼吸した。 『どこだ!!?』 男は叫んだ。敵を威嚇するよりもいつ襲われるかわからず今にも気が狂いそうな緊張感から逃れたいがためであった。

本編  進む

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