空、青いなぁ。 枝葉の隙間から見える空を見て、キング・オブ・コメディー高橋は一瞬、激しい疲労を忘れそうになった。 体力はもう限界に近かった。今野を茂みの中に隠すと、最後の力を振り絞って直ぐ傍の木に登った。 今野を担いで、木に登る程の体力は無い。 茂みの横の道から、今野の姿は見えない。が、木の上からは、薄っすらと見える。 これで、今野を見張れる。 ゲーム開始直後。 「こんなゲームぶっ潰してやる!」 「今野、叫ぶな、落ち着け。大声を出すのは危険だ。」 二人は一旦森の中に隠れた。周りに人はいなさそうだが、大声を出すのは危険だ。 「落ち着けるかよ。何で殺し合いをやらなきゃいけないんだよ。」 小声になった。 「俺も殺し合いは嫌だし、ぶっ潰してやるって気持ちでいるけどさ...」 でもやり方がわからない。 「多分、俺達と同じ思いでいる人達だって、いるはずだ。俺達二人だけじゃどうしようもない。仲間を探そう。」 と、高橋は参加者リストを広げた。 「うん。」 アンタッチャブル、ドランクドラゴン等、○は同じ人力舎の芸人が多いのは当然だろう。 こんな事をしても無駄だ。高橋は思った。 何せ自分の命がかかっている。助かりたいが為に、豹変しているかもしれない。俺達が知っている、柴田さんや塚地さんじゃなくなっているかもしれない。 そりゃ俺達と同じ思いでいる人達もいるだろうけど。 取り敢えず今野を落ち着かせる事は出来た。それに高橋自身、無駄だとわかっていても、何かせずにはいられない、というのもあった。 ○と言っても、猶予付きの○だ。実際に会って見ないとわからないし、会った時が、自分達の最期の時かもしれない。 銃声が聞こえた。首輪の炸裂音も。直ぐ傍ではない、でもそう遠くない所で。 「ここから逃げよう。」 「うん。」 今野の声に、さっきゲームをぶっ潰すと叫んだとき勢いは無く、震えていた。 ゲーム開始から二度目の夜。二人はまた別の森に潜み、人の気配もしないので、交代で寝る事にした。 ここに辿り着く迄に、二人共全く寝ていないわけではない。うたた寝程度なら、した。が、人の気配や物音がする度に飛び起き、移動した。 先に今野が寝ることにした。高橋は今野が渡された防弾チョッキを着て、自分が渡された、何か透明な液体が入っている小型の注射器を手にした。 注射器の中の液体は、わからない。毒かもしれないし、ただの水かもしれない。 覚醒剤だとしたら、相手が凶暴化して返って厄介な事になるな。 夜も明けかけてきた。 「おい、今野。」 「ん...あ?」 「もうそろそろ替わってくれないか?俺も疲れたし、眠い。」 「うん、俺十分寝たし。」 勿論十分寝たわけじゃない。が、高橋は一睡もしていないのとほぼ同じだ。 今野は防弾チョッキを着た。 「それにしても、中の液体なんだろうね。」 「さあな。自分で刺して確かめるわけにもいかないし。」 と、高橋は今野に注射器を渡そうとした。が、疲労のあまり、手元が狂った。 「あ...」 注射器の針が今野の指先に刺さると、そのまま崩れ落ちる様に倒れた。 一瞬で、高橋の眠気は飛んだ。 「おい、今野?今野ってば!」 今野を揺すったが、何の反応も無い。 腕に触れた。脈はある。呼吸もしている。と言うより、小さく寝息を立てている。 尤も、死んだのなら、高橋も死ぬわけなのだが。 お陰で中身が何かはわかった。睡眠薬だ。それも、指先に一寸刺しただけで眠り込んでしまう程強力な。 指先に一寸刺しただけでこれなんだから、半分でも致死量だろう。 「今野、俺を一人にしないでくれ...」 高橋は今野ナップザックを、そのまま自分のナップザックの中に入れた。 せめてうたた寝だけでもさせてくれと思ったが、遠くで、銃声が聞こえた。 引き摺ったら、やっぱり怪我するだろうな。 眠っている今野にナップザックを背負わせ、その今野を背負って、高橋は歩き出した。 そうして、今野を背負って休んだり、物音や人の気配を感じてその場を立ち去ったりしている内に、その木に辿り着いた。 木のふもとには、今野一人なら隠せる位の茂みもある。 注射器は元々プラスチックのケースに入っていた。自分まで寝たら洒落にならないと、ケースに仕舞い、パンツのポケットに入れると、最後の力を振り絞って木に登った。 枝葉の間から、青い空が見えた。 極限に近い疲労も、ここが殺し合いの場だという事も忘れて、空に見とれた。 緊張から解き放たれた瞬間、それも長くは続かなかった。 道の対面の茂みから、がさがさと言う音がした。 男が二人。一人はつるはし、一人は業務用スコップを持って、斜め向かいの木に登り始めた。 二人が何をしようとしているのか、高橋にはよくわかった。この道を通る人目掛けて、木の上からつるはしとスコップで襲い掛かるつもりだ。きっと。 木から降りるわけにいかない。だが... 茂みに潜んでいる今野に気付いたら! さっき迄、今野早く起きてくれと思っていたが、目を覚まして、起きあがらない事を祈った。 確かに今野は防弾チョッキを着ている。が、頭迄は防御してくれない。 それに、ここにいる俺に気付かれたら...今の高橋には、今野を背負って逃げる力は無い。 頼む、今野、起きないでくれ。眠り続けてくれ! 何かが起きる迄、ここをアジトにする事に決めたが、そう長い時間緊張感は維持出来るものではない。 昨日今日の知り合いでもなく、営業等で一緒に過ごしてきた時間も長かったから、今更喋る事もそんなにあるわけじゃない。 ただ、放送が流れる度、スギとゆうぞうは緊張した。誰が死んだか、もそうだが、今の平穏は、ずっと続くわけではない事を思い知らされるかのように。 ジャイは放送を聞いているのか、聞き流しているのか、敢えて聞かないようにしているのかよくわからなかったが、 拳銃を持ったままテーブルに座り、何かを空想しているような顔をして、窓の外を見ていた。 ジャイは敢えて放送を聞かないようにしていた。 知っている芸人が死んでいるかもしれないのを知らされるのが嫌だったと言うのもあるが、 生きていたとしたら? そしてその人が、俺の知っている人ではなくなっていて、戦わなきゃいけない事になったら? 磁石の時がそうだ。エンタと言うより、オンバトの楽屋で何度か喋った事のある磁石。 それから、今生き残っている奴の中に、きっといるはずだ。自分の身を守るためじゃなく、単純に、人を殺す事に快楽を感じている奴が。 殺人の快楽に酔いしれた上、言い訳も出来る。 このゲームを愛してしまった者。このゲームに愛されてしまった者。 自分が、そうなれれば、良かったのに。 そういう俺も、ある意味選ばれてしまったんだ。エンタの製作側ではなく、運命とか、そういうものに。殺戮側へ。 今迄俺がしてきた殺人が、俺達の生に繋がるが、ただの悪足掻きに過ぎないのか、わからないけど。 ゆうぞうのパチンコは論外だ。スギの出刃包丁は嫌だ。人を殺す感触が、ダイレクトに手に伝わる。 拳銃は、弾を発射した衝撃が手に残るだけだ。どっちにしても殺人には違いないけど。 でも殺人の感触から、逃げる事が出来る。 「この家の周り、一寸見てみないか?」 スギが言った。 「そうだな。この周辺の様子、よくわからないしな。いざ逃げるときに、わかっていた方がいいし。でもその前に俺一寸、トイレ言ってくる。」 ゆうぞうがトイレに行った。 「あのさあ、ジャイ、いきなりこんな事言うのもなんだけどさ...あんまり自分を追い詰めるなよな。」 「うん?」 ジャイはスギが何を言いたいのかわからないような振りをして、頷いた。 木の上に上って実際はそれ程時間は経っていなかった。 が、高橋にはもう何時間も経っている様に感じた。 その時、道の向こうから見覚えのある三人が歩いてくるのが見えた。 そして、ゲーム開始の時、今野と参加者リストを見て○×を付けた時の事を思い出した。 「インジョンさんは?」 エンタと言うよりオンバトで馴染みだった。 「インジョンさんは...スギさんとゆうぞうさんは大丈夫だろうけど、ジャイさんが...」 「あー、あの人ね、」 何を考えているのか何も考えていないのか、わからない所があるからなあと、高橋が言いかけた時、 「天然過ぎる。」 「そうきたか。」 「俺見たんだよ、ジャイさんが素でスギさんとゆうぞうさんを間違えていたのを。」 「...それは、天然が過ぎるな。」 「あれだけ人数がいたら仕方ないのかもしれないけど。」 「あれだけって...三人じゃないか。」 「取り敢えず○でいいよね。」 「ああ。」 そのインスタント・ジョンソンの三人が、こっちに...つるはしとスコップを持った二人組が潜んでいる木に近づいているのが見えた。 高橋は声をかけるべきかどうか、躊躇した。 今声をかけなければ確実に、殺られる。 でももし、声をかけても殺られた場合、今度は自分達が殺られる。 それにそもそも、○にはしたけど、あくまでも猶予付だ。仮にそれで助かったとしても、そのインスタント・ジョンソンに殺られるかもしれない。 賭けだ。 高橋は思い切って声をかけた。 「危ない!」 だが、高橋の声は、ジャイの銃声に掻き消された。 その時高橋が見た光景は、ヅラット・ピットに襲撃された際に書いたので、割愛させて頂く。 他の二人はわからないが、ジャイさんが人を殺すのはこれが初めてじゃない、高橋はそう確信した。 微塵の動揺も高揚もない落ち着きっぷり。助かった事より返り血を浴びなかった事を喜んでいる事。 インスタント・ジョンソンが助かった瞬間、その時だけ一瞬だけホッとしたが、 自分の声が銃声に掻き消された事に安心すると同時に、こっちに気付くなと、必死に願った。 木の枝葉は、ヅラット・ピットが隠れていた木よりも薄い。誰がいるかはわからなくても、誰かがいるかは、よく見ればわかるだろう。 今野、目覚めるな!それから、俺に気付くな!! 高橋が頭の中のリストのインスタント・ジョンソンを、○から×に変える前に、 「ところでさっき気が付いたんだけど」 ジャイの視線と、銃口は高橋がいる木に向いていた。高橋の背中に、冷たい汗が流れた。 「パン。」 一発の銃声が響いた。

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