今野は幸せだな。 と高橋は思った。 何もわからないまま死ぬんだから。 が、次の瞬間、聞き覚えのある間延びした声が聞こえた。 「そこにいるの、キング・オブ・コメディーの高橋さんでしょ?」 弾はその衝撃で枝葉を揺らし、そこに潜む高橋の姿が見えた。そして、高橋の右頬を掠めただけだった。 俺...生きているのか。助かったんだな、取り敢えず。 取り敢えず助かった事にはほっとしたが、ここにいる事は完全に気付かれている。 「何でそんな所にいるの?」 「...隠れてるんだと思うよ。」 ジャイの間抜けな質問に、スギが代わりに答えた。 「あ、そっか。」 ジャイは拳銃の取っ手で頭を掻き乍言った。 「ごめん、さっきのは威嚇射撃だよ。そんな所で震えていないで、降りて来たら?もう撃たないから。」 もう撃たないから。そう言われても、あっさり信用するわけにはいかない。 殺す気なら、威嚇射撃ではなく本当に、殺しているだろう。さっき見たあの腕前なら、今の俺位簡単に射殺出来る筈だ。 だけど... と逡巡している高橋にジャイが又声をかけた。 「降りて来ないと撃つよ?」 高橋は飛び降りんばかりの勢いで木から降りた。 「あ、本当に降りて来た。そんなに慌てなくても、さっきの、冗談だったのに。」 高橋の背中は又凍り付いた。ジャイの笑顔が、虫けらを嬲り殺す、無邪気に残酷な子供の笑顔に見えた。 「ジャイー、その冗談今の高橋さんには重過ぎるよぉー。」 ゆうぞうが言った。 「冗談って?ああ、別に降りてこなかったらその侭ほったらかしにしたって意味だけど。」 高橋はほっとして、脱力しそうになると同時に、ジャイに対して怒りを感じた。 多分、悪意とか無くてこれが素なんだろうけど...人の気持ちを弄びやがって! 「高橋さん、その頬の傷、ジャイにやられたの?」 「え?」 スギに聞かれる迄、緊張のあまり気が付かなかったのだが、確かに右頬が少しひりひりしている。 右頬の赤い一本の線は、薄っすらと血が滲んでいた。思わず押さえた手に、少し血が着いた。弾が掠めた跡だ。 「え、ええ...多分。」 「ジャイー!」 「だって、これ位やらないと威嚇にならないし、これ位やっておけば戦意喪失するだろうと思って。」 「だからって、やりすぎだろ!」 スギはコントでツッコむ時の様に、ジャイの頭を叩いた。 「戦意なんて...俺も今野も最初から無いです。」 高橋は控えめに言った。 「そう言えば相方の今野君は?」 ゆうぞうが聞いた。 躊躇したが、こうなったら、話すしかないだろう。 「実は...」 高橋はゲーム開始からここに至る迄の事を話した。但し、ゲームをぶっ潰そうとしている事、でもやり方がわからなくて、仲間を探している事は伏せて。 「だから高橋さん、憔悴しきっていたんだ。」 誰が憔悴させたと思っているだよ!と、そう言ったジャイに対して思った。確かにその前から憔悴しきってはいたけど。 インスタント・ジョンソンの三人はその茂みを掻き分け、今野を見た。 「あー、まだよく眠ってるね。当分起きそうに無いね。」 スギが言った。 「王子様のキスで目を覚ますんじゃない?」 ジャイが、何時もの笑顔で言った。 「誰が王子様やるんだよ。」 「そりゃあやっぱり、相方だし、この面子の中でルックス的にも...」 三人の視線が一斉に高橋に向かった。 「...そんな事する位なら、今野がこの侭一生目覚めなくてもいいです。」 「取り敢えず、高橋さんその気は無さそうだし、休ませてあげない?」 ゆうぞうが言った。 「この辺に、俺達がアジトにしている家があるんだけど、一緒に来る?少しの間は、逆にこの周辺にいた方が安全だと思うし。」 スギが言った。 確かにそうかも知れない。銃声、首輪の炸裂音、血の臭い、そして何よりも二つの遺体。大抵の奴なら、怖れをなすだろう。 出会った時よりは、高橋の警戒心も薄らいでいた。でも、 何故さっき人を殺したばかりなのに、平然としているんだ?特にジャイさん。確かに、あの状況じゃ、殺してなきゃ、間違いなく殺されていただろうけど。 慣れるとこんなものなのか?と言うより、こんな事に慣れてしまったのか? それが引っかかっていた。 「一寸待って。」 と、ジャイが言った。 「まだお互いに、そんなに信頼関係は無い。正直俺も高橋さんを100%信頼しているわけじゃないし、高橋さんはもっと俺達...つうか俺を信頼していないと思う。だから、お互いに人質を取り合うってのは?」 「え?」 高橋にとって、意外な言葉だった。 「つまり、俺たちの誰がか今野君を背負う。で、俺が高橋さんの人質になる。その方が逆に高橋さんも休めるでしょ。」 ジャイは拳銃の取っ手を高橋に向けた。 「高橋さん、疲れてるとこ悪いけど、これ位持てるよね。」 「...はい。」 高橋は震える手で拳銃を受け取った。 「それから、」 ジャイはジーンズのポケットから、磁石から奪った拳銃を出し、安全弁を外すと、高橋が隠れていた隣の木の枝を撃った。 手に馴染まない方の拳銃とは言え、細い木の枝を撃ち落す位なら出来た。木の枝は、その細さの割に大きな音を立てて茂みの中に落ちた。 「ジャイ、今のは?」 スギが聞いた。 「証明。これでこっちの拳銃も、変な細工とかしていないって、わかるっしょ。」 と、ジャイはその拳銃も高橋に渡した。 「これで俺、丸腰だから。」 「それはいいけどさ、ジャイ。」 と、スギが言った。 「さりげなく俺達に今野さんを背負う役、押し付けてねぇか?」 「その代わり、スコップとつるはし、両方共俺が持つよ。いらない武器だけど、誰かに使われると厄介だしね。」 ふと、高橋が急に気付いた。 「ジャイさん、その足...」 どうしたんですか?と聞きかけた時、スギとゆうぞうの顔が引きつった。ジャイ本人は涼しい顔をしていたが。 深く詮索しない方がいい、高橋はそう思って、 「大丈夫ですか?」 「あーこれ、ただのかすり傷。」 本当に普通のかすり傷でジーンズがこんなに裂ける訳は無いし、こんなに血の染みが出る訳無い。 「あのー、スコップかつるはし、どっちか俺持ちましょうか?」 「大丈夫、もう治ったから。」 磁石は、俺達より高橋さんの方がよく知っているだろう。エンタと言うより、オンバトで。 その磁石を、殺らなきゃ殺られてた状況とは言え、手にかけたなんて。 言えない。 三人ともそれは思ったが...それを一番強く思ったのはジャイだった。 今野を背負ったスギ、出刃包丁とスギのナップザックを持ったゆうぞう、スコップとつるはしを持ったジャイと拳銃を二つ持った高橋の順で歩いた。 ジャイはスコップとつるはしが重いのか、天然とは言え人質としての自覚が在るのか、疲れきった高橋と同じ歩調で、少し遅れて歩いた。 お互いが人質を取り合ったんじゃない。ある意味、お互いがお互いの人質になったんだ。 高橋はそう思った。 でもそうじゃないと、そしてこんな血生臭い所でないと、安心出来ない状況なんて、皮肉だな。 ジャイは小声で、 「さっきはありがとちゃん。」 ゆうぞうの持ちギャグを言った。 聞こえていたんだ、俺の声。尤も、あのタイミングを考えると、聞こえて無くても助かってただろうが。 高橋はどう答えたらいいかわからなかった。

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