「柴田くん……」  増井の死体の傍らで、塚地は柴田の突然の登場に驚いていた。鈴木の方は、吹き矢の筒を下ろしかけた中途半端な姿勢で、ぼんやりと柴田を眺めている。  二人は、逃げ出そうとはしなかった。そうしても無駄だとわかっているからだろうか。  しかし柴田は、引き金を引けない。  ゲームに乗った裁くべき相手なのに、仲間を殺した憎むべき相手なのに―― 「柴田!」  背後から名前を呼ばれた。振り向く間もなく、声の主――山崎は、柴田とドランクドラゴンの間に割り込む。  柴田の銃口の前に。 「やめろ、柴田……」  山崎の言葉は、悲痛な響きを持っていた。 「どけよ山崎!!」  それに答える、絶叫に近い柴田の声。 「こいつらは……ドランクドラゴンは、増井さんを殺したんだ!」 「……わかってる」  小さく呟いて、山崎は俯く。 「だったらなんで止めるんだよ! 俺たちは、正義のために戦うって……ゲームに乗った奴を倒すって、決めたじゃねえか!」 「正義なんてないんだ柴田!!」  山崎は柴田の顔を正面から見据えた。胸の奥から、鈍い痛みが広がってくる。  これから、相方を支えていたものを壊さなくてはならない。自らの手によって。 「俺たちも同じだ……自分たちの決めたルールで、ゲームに乗っていただけなんだ」 柴田は一瞬呼吸を忘れた。次に溢れた言葉は、呻きのような響きを持っていた。 「なんで……だってお前……」 「そうしなきゃ、どこかで戦う事に折り合いつけなきゃ、生き延びる事なんて出来ないんだ」  このゲームに参加した人間は、誰だってそうだ。ヤシコバ月子も、ダーリンハニーも、きくりんも――それからきっと、ドランクドラゴンも。  生き残るために、殺人を容認した。 “ゲームに乗った奴”という条件が付いた所で、自分たちも同じだという事に、山崎は初めから気付いていた。気付いていながら、柴田には伝えなかった。  それで良かったのだ。相手が知らない芸人なら。  しかし今は違う。柴田が銃を向けた相手は事務所の後輩だ。彼らを殺してしまったら――そしてその理由が間違った正義のためだと知ってしまったら、今度こそ柴田の精神は潰れてしまうだろう。  だから山崎は、自らの言葉を否定した。取り返しのつかない事態になる前に。 「そんな……俺は……」  きくりんを殺した。ドランクドラゴンを殺そうとした。  正しいと思ってそうしたのだ。  右手からサブマシンガンがすり抜け、地面へ落下していく。自分の意識も、どこか暗い場所へ引き込まれていくように感じた。  山崎は柴田の肩に、そっと手を置く。 「いいんだ、柴田。俺たちが誰かを助けるために戦ってたのは事実なんだからさ。……だから今度は、ドランクの二人を助けよう」  山崎はちらりと後ろを振り向いた。二人は動いていない。山崎は完全に背中を向けていたのに、逃げてすらいなかった。 「あの二人を、殺したくなんかないだろ?」  柴田は頷いた。今更言われる間でもない。あの時引き金を引けなかった事が、全てを物語っている。 「……柴田くん。それから、山崎くんも」  その時、今まで沈黙を保っていた塚地が口を開いた。 「殺し合いは、したくないんやな?」  柴田と山崎は同時に首を縦に振る。 「だったら、聞いて欲しい話がある。そんで、もし良かったら、俺たちに協力して欲しい。二人の力が必要なんや」  少し怪訝そうな表情のアンタッチャブルに、塚地は一呼吸間を置いて、言った。 「もしかしたら――殺し合いなしで、このゲームを終わらす事が出来るかもしれん」 「え? どういうこと?」  何故か相方の鈴木が訊き返した。  ――そういや、こいつにはこっちの計画は話しとらんかったな……。 「ああ、ついでにお前にも説明するわ」 「ついでって……」  不満そうな表情の鈴木を無視し、塚地は話し始める。 「……覚えとるか? ゲームが始まった時に、プロデューサーが言うとった言葉」 「プロデューサー?」 「そう。この芸人バトルロワイアルには、普通のバトロワとは決定的に違う点があるんや」  普通のバトルロワイアル――中学生に殺し合いをさせるゲームの存在は、この国の人間ならば誰もが知っている。しかしそれは、ゲームの参加者とその家族以外にとっては、人生に全く関わりのないものだった。  ただ、ゲームの開催と、結果だけが告げられる。  ――そうだ、このバトルロワイアルと普通のバトルロワイアルの違いとは、つまり。 「視聴率――?」  山崎の答えに、塚地は頷く。 「そう。このゲームの様子は多分、電波に乗って全国に流れとる」  あのプロデューサーが“視聴率”と言うたんや、間違いない――塚地は確信のこもった口調で言った。 「まあ待て、順番に説明するから……要するに、プロデューサーは“視聴率を取るために”このゲームを開催した。それはええな?」  塚地を囲んだ3人が頷く。 「だったら、殺し合い以外のもの――例えば、俺たちのネタが、バトルロワイアルの視聴率を上回ったらどうや?」 「……殺し合いさせる必要がなくなる?」 「せや。むしろ、本来の芸で高視聴率が取れるんなら、死なすのは惜しい――そうなるんちゃうか?」  塚地を除く3人は押し黙った。  塚地の言葉は、理屈的には正しい。視聴率絶対主義のあのプロデューサーなら、ゲームルールを捻じ曲げる事だって厭わないだろう。  しかしこの考えも、所詮は机上の空論に過ぎない。何故なら―― 「……わかっとる」  沈黙の意味を察した塚地が、再び口を開いた。 「プロデューサーかてそこまでアホやない。本当にネタそのもので視聴率取れるんなら、初めから殺し合いなんてさせへんやろな」  思わず沈んだ声音を元に戻すように、塚地は声を張り上げた。 「だけど、やってみる価値はあると思うんや。何もしなくたって、最後の一組まで殺し合うってルールは変わらん。だったら、少しでも違う可能性に賭けるべきやないか?」 「……ネタをやるって事? ここで?」 「そのネタで……バトロワの視聴率を超える?」 「ああ」  ニヤリ、と、塚地は顔に似合わない笑みを浮かべて言った。 「いわば――エンタの神様・イン・バトルロワイアルや」  柴田と山崎は視線を交わす。  何も言わなくても、互いの考えはわかっていた。久々の笑顔が、その答えだった。 「その話、乗った!」

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