(………あー…何時だろ、今…) 蒸し暑い釜戸の中に置き去りにされてからどのくらい経ったのだろう。 真っ暗で自分の手すら見えない狭い空間で、吉田は身体を折り曲げて横になっていた。 身体からだらだらと尋常でないくらいの汗が背中を伝ってくるのが分かる。目に汗が入り、ぐいっと乾いた泥の付いた腕で額を擦ると、明らかに汗とは違った、ぬるりとした嫌な感触がした。 少し鼻にくる、血液独特の鉄の匂い。それは汗と同じように、いやそれ以上に、じわりと溢れては顔をなぞるようにゆっくりと頬を滑っていく。 顎の所でいったん止まり、小さな赤い玉となってぴちゃりと地面に落ちた。 (やばっ……血が止まんねぇ…) 傷は想像以上に深いらしく、一向に固まる気配はない。最初はそうでも無かった痛みも、徐々に酷くなり、今にも気絶してしまいそうだった。 (……………) ほとんど密閉状態だからだろうか、息が苦しい。耳の中で変な音がする。 もう何も考えられなくなり、何もかも諦め、瞼が閉じられようとした。

「ここ、ちょっと広なってるなあ、西川君。」 「せやな。色んなセットみたいなんが置いてあって、なんかまとまり無い島やな。」 二人組の声がうっすらと耳に入った。閉じかけられていた目が薄く開かれる。 あの特徴ある一生懸命な声はレギュラーの二人だろう。某番組で共演している事で吉田はすぐに察知した。 あまり話をしたりはしないが、今のびくついた話し声からしてあの二人がゲームに乗っているとは思わなかった。 吉田は力の入らなくなった身体を何とか起こし、手探りで扉を探し当て、泥の付いた手の平でぱんぱんと叩いた。

「……だ…れか……」

蚊の鳴くような枯れた細い声だった。体制を変えた事で額から一気にどろりと滴る血が汗と共に地面に吸い込まれる。 手放しそうになる意識を必死で手繰り寄せる。 「……っ」 二度目はもはや声にはならなかった。異常に息が上がり、ついに扉に寄りかかるようにして目をつむってしまい、腕はだらりと地面に落ちた。

「…西川君、西川君。聞こえた?」 「うん、聞こえた。あっちから変な声がしたな。」 「もしかして、死んだ芸人さんのお化け…?」 「お…脅かさんといてや!とにかく、行ってみる?」 奇跡的に吉田の声は届いていた。 レギュラーの二人が、退け腰になりながらも恐る恐るその釜戸に近づいていく。 「あれ?鍵かかってんで?」 「ホンマや。でもこの中から確かに聞こえたよなあ。」 がちゃがちゃと鍵を引っ張ってみるが、全く取れるようすは無い。 「あ、松本君。あれあれ!さっき茂みに落ちてた鞄!あん中に小っちゃい斧入っとったやろ?あれ使おうや。」 落ちていた鞄とは、皮肉にも先ほど吉田が阿部を追いかけていったときに、うっかり置き去りにしてしまった鞄だった。 その中から斧を取り出し、西川が大きく振りかぶる。大きく息を吸い、狙いを鍵のつなぎ目に合わせて、勢いよく振り下ろした。 ガキンッ!という金属の軽い音を立て、衝撃でいくつにも分解された破片があちこちに飛び散った。 「凄い凄い!やったなー西川君!」 松本が喜んで駆け寄ってくる。あとは扉を開けるのみだが、サイズが微妙にずれているのを無理に閉めたのか、隙間無くピッタリとはまっていて西川が少し力を入れただけではびくともしない。 それを見た松本が一緒に扉の取っ手に手をかける。 「じゃ、開けるで…。」 「おう。」 「「せえ〜〜〜〜のっ」」 顔を見合わせて頷き、一気に後方に体重を掛ける。 ぎしっ、と軋んだ音を立てたかと思うと、扉が一気に開き、二人は勢い余って背中から後ろにひっくり返った。 それと同時に扉に寄りかかっていた吉田が倒れ込んだ。 「うわ痛ったあ!!腰打った!腰ぃ!」 「え…あ、ちょっと松本君!あれ見て!」 尻餅をついてやかましくぎゃあぎゃあ叫ぶ松本の肩を、西川が叩く。 「ポイズンの吉田君やない?」 それにやっと気付いた松本も神妙な顔で「うんうん」と頷く。四つん這いになってそろそろと倒れたままの吉田に近づく。 見ると、身体から異常な程の汗を流し、頭が血まみれになっているのが分かった。死んでいるのかと思い、遠慮がちに身体を揺すってみると、吉田が苦しそうに息を吐き出した。 目は堅く閉じられ、眉間にしわが寄っている。 「脱水症状起こしてんのとちゃう?多分ずっとこん中に閉じこめられてたんやで。」 「…誰にやと思う…?」 「そりゃあ…」 辺りを見渡す。普通ならいるべきはずの人物がそこにはいなかった。頭の中に一人の顔が思い浮かべられる。 「あ…阿部君…?もしかして…」 「相方にこんな事する訳無いやろ、いくら何でも…。」 「と、とにかく、吉田君早よ助けてやらな!西川君、水は!?」 松本は頭を振って、話を切り返した。今は、誰がやったかよりも、目の前の吉田を助ける事が先決だ。 「水、水…どうしよ、もう空やん!」 西川が取り出した小さなペットボトルには、もうほとんど水は残っていなく、とても足りているとは言えるものでは無かった。 「とりあえず、涼しくて水のある所連れていかな。出来れば建物がええな、血いっぱい出てるし。」 「了〜解っ。もうちょっと我慢してな、吉田君!」 吉田の頭に自分のタオルを押し当ててやる。白いタオルはすぐに血を吸って赤く染まったが、一応出血は止まり、二人は安心した。
途端、どこか離れた所で言い争うような声が聞こえ、それが一瞬止まり静になったかと思うと、
―――ずどんっ、と重い銃声がした。二人の心臓が跳ねる。
「ひっ…!」 「なあ、早よ逃げようや…こっち来られたら嫌やもん…」 西川が吉田を背負い、松本が荷物を持つ形で、三人はその場から逃げるように立ち去った。 「………ばいばい、阿部君……」 西川の背中でぽつりとそう呟くと、再び気を失った。 「ん…?何か言った?吉田君。」

―――お前なんか、この薄気味悪い森のなかで、ずっと俺を捜し回ってろ。
阿部が戻ってくる、わずか10分前の話だった。

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