「なあ、あそこに建物がある。」 やついの声に思考を中断され、顔を上げた。確かに木々の向こうに古びた建物が見える。 もしかしたら誰かいるのかもしれない、と言うとやついは口元を上げた。 「行ってみねえ?」 顔は笑っていたが、その声に感情は感じられなかった。 あの建物にいる『誰か』、それはすなわち『敵』なのだ。 相手はおそらく侵入者を狙ってくるだろう。そうなったら殺すか殺されるかのどっちかだ。 それでも、与えられた選択肢に今度は迷わなかった。 「行ってみるか。」 渇いた口からようやく絞り出せた声は冷め切っていて、自分でも驚いた。 が、やついはそんな俺の事を気にせずさっさと歩き出す。 その背中を追いながら、背負ったバックに手を掛けた。 支給されたやついの武器はハズレ。使いようのない造花の花束だった。 その一方で俺は、今だ自分の武器は確認していなかった。 ―殺そうと思えば腕一本でも人間は殺せる。そんなおかしな考えが頭にあったからだ。 しかし、バックを受け取った時に当たりを引いたとは感じていた。 もちろん直感的なものであって根拠も何もなかったが、その考えはたった今確信に変わった。 鞄の中に入っていたのは小さな小瓶。 そのラベルには『青酸カリ』と書かれていた。 おじゃましまーす、とやついの声が響き渡る。 中は思っているより薄暗く、自分達の他に人影は見えない。 心霊番組に出てくるような、廃墟。そんなイメージだった。 よくよく見回してみると、どうやらここは昔病院だったようだ。 「誰もいねえじゃん。」 独り言のように呟きながら、一歩足を進める。 その時、足元に何かが触れた。 ガシャンという大きな音が響く。 慌てて足を上げると、細い糸が張られていた。どうやらそれを踏みつけたらしい。 糸を辿ると鎖が結び付けられていて、糸を踏んだ時に落ちて音が鳴るようになっていたのだった。 「トラップ…。」 このささやかな仕掛けが、『敵』がいることを表していた。 しまった、と思った時にはもう遅かった。 「誰だ!?」 やついに状況を知らせる間も無く、勇ましい声が響く。 頭では逃げようと思っていても、身体は動かない。 暗がりにいた人物が、段々と歩み寄ってくる。その姿勢から、どうやら拳銃を持ってるらしい。 拳銃と丸腰の勝負だったら、どちらがゲームオーバーになるのは明らかだ。 しかし段々とはっきりしてきた背格好を見て、やはり俺はついている、と確信した。 「やっつん…だっつんも…!?」 驚いた声を上げたその男は、エレキコミックの親友であるスピードワゴンの井戸田だった。 「おお潤ちゃん、まだ生き残ってたか。」 やついの声に井戸田は笑顔を浮かべ、銃を下ろした。 まだ多少は警戒しているのだろうが、どうやら殺しはしないらしい。 「やっつん達も無事でよかった。」 「オザは?」 ふと、彼が一人っきりという事実に気付く。 俺の問いに井戸田の表情がさっと翳ったのがはっきりと分かった。 「潤が生きてるって事は、オザもいるんだろ?」 「いや…いるんだけど…。」 井戸田は廊下の奥の方に目線を向けた。 その瞳に悲しみの感情が含まれているのが見えて、少し動揺してしまっている自分がいた。 廊下の真ん中に座り込んで、井戸田は全てを話してくれた。 小沢は今部屋に閉じこもっている事。 精神的にかなりショックを受けていて、ずっと体調が優れない事。 …そして、小沢がマイケルを殺したこと。 最後の話を聞いた時、俺は眉を顰めたがやついは表情を崩さなかった。 「なんで?マイケル殺したからって別に気にする事ないじゃん。」 この言葉には、流石に俺も井戸田も驚いた。 後輩の命が失われた事に、やついは悲しんだ様子はない。 「だって、正当防衛だろ?しょーがないじゃん。」 「しょうがないって…」 井戸田は言葉を詰まらせる。が、突然思いつめた表情になった。 そしてしばらく俯いて何か考えた後、口を開いた。 「こんな時にこんな事頼むべきじゃないかもしれねえけど…一緒に戦ってくれないか?」

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