確に言うと、高橋は逸れたわけではなかった。 茂みを抜け、道に出て少し経った時、高橋は転んだ。 ジャイを呼び止めようと思ったが、ここで声を発するのは、自分にとってもジャイにとっても危険かもしれない。 すぐにジャイの後を追おうとしたが、後ろから足音が聞こえる。 咄嗟に、道のすぐ脇の茂みに身を潜めた。 すぐ目の前の道を、足音の主...はなわが自分に気付かずに走り去った時は、ほっとした。 自分達を襲撃したのは、はなわさんだったのか...ジャイさんには悪いけど、何とか、助かった。ジャイさんも、何とか逃げ切ってくれ。 それにしても...何か変だ。高橋は思った。 普通なら、左右を見ながら、回りの様子を探りながら、探す筈だ。だけど明らかに、何かの跡を辿るかの様に走っている。もうジャイの姿は見えないのに。 高橋はそっと茂みから顔を出して、地面を見た。 血だ!ジャイさん、左手怪我してたから。 高橋は血の跡を頼りに、でもはなわに茂みを掻き分ける音を聞かれない程度の距離を置きながら、後を追った。 急にはなわが立ち止まった。そしてはなわの言葉で、ジャイが文字通り窮地に立たされているのを知った。 高橋の位置からは、はなわの後姿が見えた。 確かに拳銃を持っている。が、引き金を引いた事は無い。だから自信は無い。 人を撃つのが嫌だと言うのもあるが... 引き金を引いて、弾がはなわに当たのならまだしも、そのはなわの正面の、茂みの向こうにいるジャイに当たったら... かと言って、これ以上はなわに近づくのは危険だ。道に出たとしても、その際の、茂みの枝葉を掻き分ける音を聞かれ、自分と今野の命が危うくなる。 でももう時間は無い。はなわはカウントダウンを始めた。 「5...4...3...2...」 高橋が下した結論。 どうにでもなれ! 高橋は青空を撃ち抜くかの様に、銃口を上に向け、引き金を引いた。 不意を付かれ、はなわは銃声が聞こえた方を向いた。 今だ! ジャイは瞬時にプラスチックケースから注射器を取り出すと、はなわの腕の中へ潜り込む様にして抱きつき、その胸に顔を押し付けた。 「今、俺を撃ったらどうなるか、わかりますよね。」 胸に顔を押し付けている所為か、声がくぐもっていた。 確かに今ジャイを撃ったら、死ぬだろう。だけど、貫通した弾ではなわ自身も致命傷を負う事になる。 「じゃあ、茂みの向こうのあいつを撃つだけだ。」 「彼を殺しても、俺は死なないから無意味ですよ。多分彼は、俺の相方じゃない。」 糞、(はなわの)ナップザックが邪魔だな。 左手は、痛みを通り越して、痺れ始めていた。頼む、もう少し持ってくれと、願いながら。 ジャイは、さっき拳銃を撃ったのが高橋だと言う事に気付いていた。そして高橋が自分の援護をしようと動き出した事も。 高橋さんに、そんな事をさせるわけには行かない! はなわはジャイを振り払おうとしながら言った。 「じゃあ何で、お前らは助け合おうとするんだ。」 ジャイは、必死でしがみ付いた。 「さあ、彼は何ででしょうね。俺は、羊を羊の侭で置きたいからです。」 ジャイの右手が、何とかはなわの延髄に届いた。そして、その右手に持った注射器で、延髄を刺した。 はなわはジャイの腕の中から、滑り落ちる様にして倒れた。 高橋はもう、茂みから出ていた。 ジャイははなわからサブマシンガンとナップザックを奪うと、高橋に右手を差し出した。 「高橋さん、拳銃。」 あんな事があったすぐ後、当然だがジャイの呼吸は荒かった。 高橋は手を震わせない様にして、ジャイに拳銃を渡した。 延髄を注射器で刺された時点ではなわは既に死んでいたが、念の為にと、ジャイははなわの心臓を打ち抜いた。 高橋は目を逸らし、ただ、銃声を聞いた。

はなわ死亡

【残り40組】

「ありがとちゃん。」 ジャイは呼吸が整った後、ジャイはゆうぞうの持ちギャグを言った。それから何時もの、何を考えているのか何も考えていないのか、よくわからない笑顔で、 「でも、どうせなら美人に抱きつきたかったな。」 と。 高橋はジャイが震えている事に気付いた。そして、顔は笑っているのに、眼は笑っていない事も。 深い絶望と悲しみが入り混じった様な、やり切れない眼。 軽口を叩いて、強がる事で、今にも狂いだしそうな精神状態を支えてきた。そうじゃなかったら、とっくに崩れ落ちていただろう。 だったら、俺もそう返さないとな。 「本当、不細工なホモの抱擁シーンみたいで、キモかった。」 「不細工はよけいだろ。」 「...っ!」 ジャイはナップザックからバーボンを出し、左手にかけた。傷口が、焼ける様に沁みた。 それからタオルを出し、口と右手を使って、傷口を合わせる様に縛った。緑のタオルは、すぐ血で赤く染まった。 「大丈夫?」 「んー、縫わないと多分綺麗に塞がらないだろうけど、自然治癒力で何とかなるっしょ。」 そう言いながら、はなわのナップザックの中の物を、自分のナップザックの中に詰め始めた。 高橋は紙が1枚、落ちている事に気が付いた。拾い上げて見てみると、幼い男の子を抱きかかえて笑っている、女性の写真だった。 ジャイと格闘している時に、ポケットから落ちたのだろう。 これ、はなわさんの奥さんと子供なんだろうな。 やりきれない気持ちになって、ジャイに気付かれないよう、そっと、はなわの遺体の下に、滑り込ませた。 ジャイにこれ以上の、精神的苦痛を与えたくなかったから。 ジャイはサブマシンガンとその銃弾を高橋に渡した。 「え、俺がこれ持つの?」 「俺はこっち(拳銃)の方がいいし、そっちは見せるだけでも威嚇になるからね。」 高橋は銃弾をナップザックにしまった。 「どうする?三人を探しに行く?」 と高橋が言った。 「否、あまり動かない方がいいと思う。こっちはほら、俺の血痕の、手がかりがあるけど、あいつらは何も手がかりが無いからさ、行き違いになるといけないし。あいつらが俺達を見付けてくれるの、待とう。」 「そっか。」 「でも、ここで待つのもね。」 二人は血痕を辿りながら、はなわの姿が見えなくなる所まで歩いて、木の下で、立ち止まった。 「ここで待つか。」 と、ジャイが言った。 二人は、木にもたれて、座った。 当然と言えば当然だが、ジャイはかなり疲弊している様子で、タバコを吸い始めた。 「高橋さん、もう気付いてると思うけどさ...」 ジャイは投げやり気味に言った。 「俺はもう何人か殺してる。高橋さんと合流する前から。でも...信じようと信じまいと高橋さんの勝手だけど、田上さんを殺したのは俺じゃないよ。」 高橋はドキッとした。さっき、自分が抱いた疑問だ。 「...それは、信じるよ。」 ジャイの眼に、薄っすらと涙が浮かんでいた。が、すぐに、右手で拭い去った。 本心から、高橋はジャイのその言葉を信じた。 その時、遠くから爆音が聞こえた。 二人は顔を見合わせた。

蛙 ◆GdURz0pujY 本編  進む

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