「やっぱり三人を探しに行く?」 高橋が立ち上がった。 「否...ここで待とう。俺達二人共生きている以上、あいつらも、今野君も生きている筈だ。それに、三人とは無関係の爆発かもしれないし。」 「でも!」 「高橋さん、もう一寸小声で。大声出すのは危険だよ。とにかく、ずっとこの侭離れ離れでいるわけにも行かない。」 「ごめん。でも、爆発に巻き込まれて、身動きが取れなくなっているかもしれないし。」 「それでもだよ。逆にあいつらと今野君が、俺達が爆発に巻き込まれたと思い込んで探し回っているかもしれない。お互い動き回れば余計に合流するのが難しくなる。」 高橋は無言で座った。 「俺達には探して貰える手がかりがあるけど、あいつらと今野君を探す手がかりは、こっちには無いんだから。」 ジャイは高橋に、と言うより、自分に言い聞かせる様に言った。 ジャイも、何かせずにはいられないけど、何も出来ない状況に苛立っている事に、高橋は気付いた。 何事も無かったかの様な、何時もの涼しい顔をしている。 が、ずっと貧乏揺すりをして、何本もタバコを吸っては消し、吸っては消しと繰り返している。 そして、時折漏らす、 「俺達が生きている以上、三人とも無事な筈だ。」 と投げやり気味な呟き。 さっきは取り乱しかけたけど...俺も落ち着かないとな。 ふっと高橋はジャイのある言葉を思い出した。 「ところで、さっき言った、羊は羊の侭でって、どういう意味?」 「ん?俺そんな事言ったっけ?」 ジャイはすっとぼけた。 二手に分かれてから、今野・スギ・ゆうぞうは森の中を歩いていた。 襲撃してきた者が追って来る気配は無いが、どこ迄逃げればいいのか、わからない。 それに、自分達に襲い掛かって来るのは、さっきの者だけとは限らない。 「さっき、襲撃してきた人、誰だったんだろうな。」 と言うゆうぞうに今野が、 「さあ、一番最後に出たパーケン(高橋)とジャイさんなら、見たかもしれないけど。」 でもその二人は今此処にいない。 五人で逃げたら目立つから二手に分かれたものの...やっぱり二人を探す為に、用心しながらアジトの方迄戻ってみようかとスギが言いかけた時、 「女の人の、泣き声が聞こえる。」 と今野が言った。 「行ってみようか」 と、スギ。 二人は頷いた。 「百ちゃん...百ちゃあん!」 「あの...」 スギは泣きじゃくる女に、そう声をかけるのが精一杯だった。 大丈夫ですか、は愚問だ。三人には馴染みの無い芸人だが、女の傍らで、血塗れで倒れている男はおそらく彼女の相方だろう。 女の方の首輪が炸裂していない以上、男は辛うじて生きているのだろうが...生きている方が不思議な状態だった。 「百ちゃんに触んなー!」 女は、座った侭男を庇う様に、両腕を広げて、三人を睨み付けた。窮地に追い込まれて、獰猛化した小動物の様な眼で。 「百ちゃんを殺すんなら、あたしを殺せ!百ちゃんを、二度も殺させやしない!!」 三人は武器をパンツのポケットにしまうと...戦意が無い事を示す為だが...ホールドアップされたかの様に、両手を頭の所迄上げた。 「もう...いいんだ、こまり...守ってやれなくて...ごめん。」 か細い声だったが、喋れる事自体が、奇跡的な状態だった。 「百ちゃん...」 「自分勝手な...話だけど...俺達は二人で...死んでいける。でも...はなわさんは...奥さんと子供....残して来たから。」 此処から緑の家迄の距離と、腹部をマシンガンで撃たれたような男の惨状で、自分達を襲撃したのがはなわだと、三人は推測した。 こまりは振り返って百太郎の姿を見ると、又三人を睨み付けた。 百太郎とこまり、エンタ出演を記念して、入籍したホロッコと言うコンビ。 自分達が死ぬのも当然嫌だが、人を殺すのも嫌で、ずっと森の中に潜んでいた。 だけど....突然目の前に現れた男、ホロッコの方はすぐにはなわだとわかったが、はなわの方は面識が無かったので念の為に確認した。 「お前らコンビか。」 はなわが手にしているのは長方形の箱だ。大丈夫だろうと思ったが、百太郎は恰も自分が盾になるかの様に、こまりの前に立ちはだかった。 「ああ。」 たかが箱だ。たいした事が出来る筈は無い。そんな油断も、あったのかもしれない。 「そうか。」 はなわは素早く長方形の箱を展開させ、サブマシンガンの引き金を引いた。 「うっ...」 腹を撃たれ、百太郎は崩れ落ちる様に倒れた。 「流石に、女を撃つのは気が引けるからな。」 こまりの首輪は炸裂しなかった。百太郎は辛うじて生きている様だ。 が、この状態なら放って置いてもやがて死ぬだろう。百太郎は勿論だが、こまりも。 これ以上撃っても、弾の無駄だ、とはなわは思った。 「とどめは刺さないでおいてやるよ。せいぜい、二人で最期の時を過ごすんだな。」 こまりは呆然と、立ち去るはなわの後姿を見ていた。ポケットの中の武器を使う事も出来ずに。 はなわの姿が見えなくなった時、こまりは....それを我に返ったと言って良いのかどうかはわからないが...呆然とした状態から急に泣きじゃくり始めた。 緑の家が襲撃される、数十分前の事。 「そこに...いるの...桶田...さん?」 百太郎の意識は既に朦朧としており、視界も、ぼやけて殆ど見えなくなっていた。ただ、その弱い視線は、今野に向かっていた。 桶田敬太郎。ホロッコの二人と交友のある、元フォークダンスDE鳴子坂の、元芸人だ。 スギとゆうぞうは、ホロッコと桶田に交友関係がある事を知らなかったが、桶田なんてそうそうある苗字じゃない。すぐに察しが付いた。 年齢も容姿も大幅に違う。が、体型ならこの三人の中で今野が一番近いだろう。 でも...スギとゆうぞうは顔を見合わせた。 スギとゆうぞうは年齢的に元フォークダンスDE鳴子坂の桶田敬太郎を知っている。会った事こそ無いが、全盛期の頃のネタを、何度かテレビで見た。だけど今野は... 「最期に...桶田さんに...会えて...良かった。」 百太郎は左手を今野に差し出した。左手の握手、別れの握手だ。 「百ちゃん...」 こまりはもう、両手を下げ、その眼も、敵意は失せていた。 これなら今野君も見た事があるだろう、と思い、ボキャブラに出ていた、フォークダンスDE鳴子坂の背の高い方、とゆうぞうが今野に耳打ちをしようとした時、今野は百太郎に歩み寄り、しゃがんで、差し出された左手ではなく...右手を両手で握り締めた。 「何馬鹿な事言ってんだよ、お前が死ぬわけ無いだろ!」 「桶田...さん。」 「なあ、またうちに飲みに来いよ。絶対だからな!」 百太郎は頷いた。 「もう、行って。」 こまりは、意を決した様に、言った。 「最期の時位、二人きりで過ごしたいから。」 今野はそっと、百太郎の手を離した。そして三人は、無言で立ち去った。 こまりは、遠ざかる三人の後姿を見ていた。ここ迄離れれば、もうあの三人を巻き添えにする事は無いだろう、そう思った時、 「いい人...だった...ね。あの...桶田さんの...振りを...してくれた人。」 「百ちゃん!」 今野の声を聞いた瞬間、百太郎は混濁していた意識が明瞭になった。そう、ここに桶田さんがいる筈は無い、と。 視界はぼやけ、もう殆ど見えない。だからその人が誰かは不明だが、桶田の振りをしている。 俺の為に... 「最期に...いい人に会えて...良かった。あの人...生き残れると...いいな。」 「百ちゃん、もう何も言わないで!」 こまりは百太郎を抱き寄せると、ポケットから武器を出した。 誰にも...はなわにも、どうしても投げ付ける事の出来なかった、手榴弾のピンを抜いた。

ホロッコ死亡

【残り39組】

爆音で、思わず三人は振り返った。 もう、百太郎とこまりの姿は無かった。 今野は下唇を噛んだ。 「よくやったよ。」 ゆうぞうは、泣き出しそうな笑顔で今野の肩を叩いた。 「...一旦、アジトに戻らないか?高橋さんとジャイを探さなきゃいけないし。俺達が生きている以上、二人共無事だろうが。」 スギは感情を押し隠す様に言った。 「そうだな、何時迄もはなわさん...多分はなわさんだと思うけど、そこでぐずぐずしているとは思えないしな。」 と、ゆうぞうが言った。 三人は、やり切れない気持ちを抱えて、緑の家に向かった。

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